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一向寺 年間予定表

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令和3年 一向寺 年間予定(コロナ渦により直前変更があり得ます)


  1月1日 修正会(本堂)

 1月2日ー1月6日 コロナ渦を鑑み、檀家様へお年賀を郵送します)

 3月17日—3月23日 春彼岸供養

 4月4日 田代三喜まつり・お花まつり

 5月22日(第四土曜日) 大施餓鬼会法要

 7月13日—7月16日 東京、神奈川地区の盆供養

 (新盆供養のお宅には棚経のため14日に住職が伺います。)

 8月13日—8月16日 盂蘭盆会供養(盆供養)

 (13日が仏様のお迎え、16日がお送りです。新盆供養のお宅には棚経のため、

  14日(市内)、15日(地区外)に住職が伺います。)

 8月21日(土曜日)新盆施餓鬼会法要(新盆の仏様のいる檀家様対象)

 9月20日—9月26日 秋彼岸供養

 11月17日(水曜日) 開山忌法要


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駐車場のおしらせ

 一向寺の二大行事、大施餓鬼会法要と開山忌法要にお車でお越しの際には、一向寺西門から入って、本堂裏側の多目的広場に駐車してください。ただし、駐車可能な台数にも限りがありますので、できるだけ乗り合わせや公共の交通機関でお越しいただければ幸いです。

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年回法要(一向寺本堂内に故人のお名前が掲示してありますので、ご確認ください)

 一周忌:  令和2年

 三回忌:  平成31年・令和元年

 七回忌:  平成27

 十三回忌: 平成21

 十七回忌: 平成17

 二十三回忌:平成11

 二十七回忌:平成7

 三十三回忌:昭和64

 (三十七回忌:昭和60年)

 (四十三回忌:昭和54年)

 ((四十七回忌:昭和50年)


 五十回忌: 昭和46年

2021年6月13日 (日)

ドクターミネの「老・病・死」を見つめる法話 第十一回(令和3年お盆)

 思い返すと、昨年4月に新型コロナウィルス感染症のため緊急事態宣言が出される事態となった。この未曾有の出来事に、日本中が揺れたが、未だに終息されていない。延期された東京オリンピック開催がどうなるのか、心配しながら、これを執筆している。

 その影響を受けて、昨年五月の当山大施餓鬼法要は、従来の法話は中止して、檀家様方には本堂内ではなく、境内にて法要にご参加いただいた。十一月の開山忌法要では、境内で法要にご参加いただいた檀家様方に、法要前、新型コロナウィルス感染症についてお話をした。コロナウィルスはインフルエンザ同様RNAウィルスであり、変異しやすいため、その変異型が感染力の強い方向に変異する可能性が高いことを指摘した。この「不安」は、残念ながら的中した。一方で人類は、ウィルス感染症の対策として、種痘以来、ワクチン接種で対抗してきた。ワクチンが完成して、ワクチン接種が始まれば、終息の方向に使うはずだ、という「希望」も話したが、現在着々とワクチン接種が始まっている。ただ、通常ワクチン開発には十年かかると言われているのを、わずか一、二年で市場に出すためには、有効性と副反応のチェック期間を削るしかない、という問題点も指摘したが、この「不安」だけは完全には払拭されていない。それを承知の上で、ドクターミネは六十五歳以上の高齢者枠で、ワクチン予約した。そして今年五月の当山大施餓鬼法要の法話では、「不安」「希望」という感情について話をした。この法話の内容は、一向寺ホームページに公開する予定である。

 コロナ自粛で寺坊にいる時間が増えたため、勉強の時間は確実に増えた。次男が生命科学の勉強をしていた事もあり、改めて遺伝子などの基礎医学の勉強を始めた。また今まで「積読」状態にあった書物も読み出した。かつて大学院生時代、実際の研究に役立つとも思えないようなシステム理論について、N教授からマンツーマンで習い、また電子軌道や量子論の初歩をI先生から習った。この時必死でまとめたノートは、もう必要ないだろうと思って、昨年実行した断捨離で全て処分した。それが今になって、もう一度勉強してみたくなった。

 ドクターミネが私淑(ししゅく)する医師に、岡部健(おかべたけし)先生がいる。本人にお会いした時、隣町の栃木県小山市出身だとおっしゃっていた。末期癌患者を在宅で看取るという、在宅緩和ケアのパイオニアである。その岡部先生自身が胃癌となり、母校の東北大学で手術を受けて療養中、あの東日本大震災に被災された。緩和ケアには、日本的死生観を心得た宗教者が必要である、との実感を、自らが臨床教授をしていた東北大学に、臨床宗教師養成講座という形にされた。臨床宗教師という言葉も先生自身の発案だときいている。その先生は、ご自身が築き上げた在宅ケアグループ「爽秋会(そうしゅうかい)」のメンバー、その一人でもある臨床宗教師第一期生の髙橋悦堂師、そしてご家族の方々に見守られながら、二〇一二年九月二十七日、六十二歳の生涯を閉じられた。そのわずか六日前に、先生自身が望まれた相手、カール・ベッカー氏との対談記録が同年の『文藝春秋』十二月号に掲載された。ベッカー氏が「ところで、身体の具合はいかがですか?」という質問に対して先生は

「順番に欲望が取っ払われていくんだな。まずは性欲がなくなって、それから物欲。さらに食欲が衰えて、最後まで残っていたのが知識欲。今は本読む力がないから、テレビで放送大学を見てるよ。」

と答えた先生に対してベッカー氏が「どんな講座を?」という問いかけに

「経済学。今俺が勉強してどうするんだと思いながら見てるよ。」

最後に残るのが知識欲だという先生のご遺言を、先生の享年を過ぎたドクターミネは、深く受け止めている。最後の最後まで残る知識欲は、案外、実務とかけ離れた領域の知識欲なのかも知れない。

「不安」と「期待、希望」について(レジメ)

                                   令和3年5月22日

一向寺大施餓鬼法要

 昨年11月の開山忌法要の時の法話では、新型コロナ感染症に関してお話ししたように、コロナウィルスはインフルエンザウィルス同様、変異しやすい、という特性があり、現在その変異株が大流行していますので、不安を感じている方も多いのではないでしょうか。一方で、ウィルス疾患は、特効薬があまりなく「ワクチン接種で予防する」ことで人類はウィルスに対抗してきました。変異株が猛威を振るう中で、現在ワクチン接種が始まり、ファイザー製以外にも、モデルナ製、アストラゼネカ製のワクチンも認可され、不安ばかりではなく、期待、希望も見えてきました。

 日本人は、特に不安を感じやすい国民性です。脳内神経伝達物質であるセロトニンは、新たなものに挑戦する、やる気を起こさせるなどの作用があり、これが少なくなると、やる気がなくなります。神経細胞内のセロトニン量を調整しているのが「セロトニントランスポーター」です。この「セロトニントランスポーター」の機能は、遺伝子に左右されますが、そのうち遺伝子LL型は、神経細胞内のセロトニンが減少しにくく、野心的で活発、陽気で楽天家といった性格になります。一方遺伝子SS型はその逆で、細胞内のセロトニンが減少しやすく、不安を感じやすい傾向になります。アメリカ人は、この遺伝子LL型が最も多く人口の約30%、逆に不安を感じやすい遺伝子SS型は最も少なく18%。一方日本人は、不安を感じ易い遺伝子SS型が最も多く人口の約65%、遺伝子LL型は最も少なく、3%以下だそうです。

 「不安」「心配」という嫌な感情と、「期待」「希望」という良い感情とは、正反対のように思えますが、どちらもよく似た性格を持っています。どちらも、過去、現在、未来という時制からいえば、未来に相当します。「コロナにかかったら大変だ」と思うから不安になるのであって、実際にはまだコロナにかかっていません。一方、「ワクチンを打てば、完全ではないにしろ、元の生活に戻れるに違いない」という期待感、希望も、ワクチン接種前の感情ですから、どちらも未来の時制です。つまり、将来コロナにかかって苦しむ自分の姿を想像、想定して不安を感じ、将来ワクチン接種して、安心して元のように暮らしている自分を想像、想定して期待、希望を持つのです。一方、不安、期待、希望の材料は、全て過去の、かつて得た知識や情報、体験が元になっています。コロナの感染状況をテレビで見た、コロナで亡くなった、笑いの大御所「志村けん」さんのことをニュースで知った、という過去の体験があるからこそ、それが不安材料となって不安を感じるのです。同様に、ワクチン接種をして元の暮らしに戻りつつある外国の状況をテレビで知った、という過去の体験があるから、希望や期待感が生まれます。

 私達が思い描く未来には、それを裏付ける過去の体験や情報があり、そこから不安や期待が生まれ、不安を回避するために、マスクをつける、手洗いをする、という今の行動、ワクチン接種に期待して、ワクチン接種の予約をする、という今の行動を起こします。そして、期待や希望が想定した通りになれば、「期待通りになった」「希望が叶った」となり、不安の場合は逆に、「不安が的中してしまった」となります。

 一方、未来というのは、何が起こるかわからない、という要素があるので、「想定外」「予想外」の事が起こる事もあります。期待や希望の場合は「期待が外れた」「希望通りにならなかった」となり、不安や心配が起こります。一方、不安でしかたなかった事も、降ってわいたような幸運、つまり僥倖といった「想定外」「予想外」の事が起これば、不安が解消され、期待や希望が生まれます。例えば、大きな病気が見つかって、入院しなければならない、となれば、入院している自分の姿を想像して、不安が生じます。それでも医師から治療方針と、今後の見込みを聞いて、「良くなって退院する」という道筋が想定、想像できれば、不安が解消されて安心し、期待や希望へと変わります。ところがそこへ、想定外の、新たな病気が発見されると、退院できない自分の姿が想像されて、不安になります。つまり、不安といった嫌な感情も、期待や希望といった好ましい感情も、よく似た構造をしているが故に、「想定外」「予想外」という状況が起こると、まるでコインの裏表のように、コロコロと裏返るのです。

 また、私自身に関して生じる不安、希望、期待ばかりではなく、私たち、つまり、国家、家族、に関しても同様の感情が起こります。国家に関していえば、皆様方も私も、今年本当にオリンピックが開催できるのか、という不安を感じている事でしょう。それが自分の連れ合い、子供、孫、両親、兄弟に関して生じる不安、希望、期待、特に子供の場合には、過大な不安や期待をしてしまうものです。「うちの子天才かもしれない」なんて子供自慢をする親がいますが、「あんたの子供だから、そんな訳ないだろう」と内心思いながらも、他人は頷くしかありません。不安や期待の材料となるものは、確かに過去の体験や知識、情報ですが、子供に関しての不安や期待であるにもかかわらず、その材料が、子供が直接体験したり、得た知識ではなく、親が体験したり、得た情報に基づいて、子供の未来を想定、想像するので、ギャップが生じるのです。だからついつい過大な期待、不安になるわけです。巣立つ子供に対する親の不安を歌った歌に、「さだまさし」さんが作詞作曲した「案山子」という曲があります。この歌は、こんな歌詞から始まります。

 

  元気でいるか 街には慣れたか 友達出来たか 寂しかないか

  お金はあるか 今度いつ帰る

 

 初めてこの曲を聴いたのは、私が大学生の時でした。その時は何となく、素敵な歌だな、という程度でしたが、自分に子供ができて、その子供が家元を離れて巣立っていった時、この歌がしみじみと蘇りました。昨今、これが歌の話だけではなく、現実となってきています。大学に入ったのは良いのだけれど、コロナ禍で大学に行けず、授業は全て自宅でズーム授業だから、友達も出来ない。不要不急の外出を避けるから街に慣れる事もできない。コロナ禍でバイトも出来ず、持ち金が底をつく。元気がなくなって、実家に帰りたくとも帰れない…。確か千葉だったと思いますが、生活の苦しい千葉大学の学生さんに、食材を無料で配布したら、大勢の学生が集まった、ということがニュースになっていました。

 では今、私たちはどうすべきなのか。まずは自分の身を守ること。それは結局、自分以外に人にコロナを感染させない事でもあります。また副反応が心配でも、とにかくワクチン接種を受けること。そして、早くコロナがおさまるように「祈ること」。些細なことかもしれませんが、まずはこれから実行するしかない、ように思います。

 それにしても私たちは、その人生において、数多くの不安感と、おそらく同じ数だけの希望や期待感を持って生きてきました。そしてこれらは、まるでコインの如く、些細な想定外の出来事により、すぐに裏返ることも体験してきました。もしかすると、そんな些細なことで一喜一憂している時が、一番幸せなのかも知れませんね。希望、期待、夢を失うということは同時に、不安感も失うことであり、不安感によって働いている「ブレーキ」を失うということを意味しているのですから。

令和三年度大施餓鬼法要の様子

 令和三年度の一向寺大施餓鬼法要は、小雨の中、522日に修行いたしました。新型コロナウィルス感染症(COVID-19)大流行による、緊急事態宣言が首都圏に発令されている事もあり、昨年同様、出来る限り「三密」をさける方針で、檀家様方には、境内での法要参加といたしました。

 大施餓鬼法要前の、住職による法話の様子です。朝から小雨であったため、境内には大きなテントを用意し、なるべく間隔を空けて座っていただきました。


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 本堂内の様子です。実際の法要は昨年同様、三々寺の組寺寺院のみ、ご随喜いただきました。

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お焼香の様子です。焼香台は、本堂入り口前に設置し、階段昇降に関しては、右側上り、左側下りと分けるために、カラーコーンを置き、並ぶ際もそのカラーコーンの位置に並んでいただきました。

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 法要の中で卒塔婆を供(くう)じた後、卒塔婆を本堂から境内内の卒塔婆置き場に移動し、お焼香後は、写真4のように、境内墓地の方は卒塔婆を外で受け取り、院外墓地の方は翌日、それぞれの墓地に卒塔婆を取りに行っていただきました。

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2021年1月27日 (水)

ドクターミネの「老・病・死」を見つめる法話 第十回

 最近では、夢を見るのを楽しみに、眠りについている。年のせいか、懐かしい人が、夢の中にしばしば現れる。しかも、出逢った時の、あの頃のままで登場するのも嬉しい。そんな時にはしばらくの間、布団の中で余韻をたのしむ。一方、嫌な奴が現れたら、とっとと忘れて、次の夢に期待して、もう一度目をつぶる。

夢といえば、夢判断を用いて精神分析をした、オーストリア出身の精神科医ジークムント・フロイト(一八五六―一九三九)を思い出す。彼の言葉に、

「夢は現実の投影であって、現実は夢の投影である」

とあるように、夢には無意識の領域に蓄積された記憶が反映されるという。すべてではないにしても、確かに、肯首出来る夢もある。

ただ、これを執筆し始めた一月七日には、東京、神奈川、埼玉、千葉の一都三県に緊急事態宣言が発令された。大阪、京都、兵庫も政府に要請中であるという。かつての同僚や後輩医師方が、必死で新型コロナウィルス感染症と戦っている最中、惰眠(だみん)を貪っている我が身を省みて、忸怩(じくじ)たる思いを払拭(ふっしょく)することはできない。

 睡眠は、自分の心の状態の、バロメーターになる。抑うつ的になれば不眠、早朝覚醒(そうちょうかくせい)が生じ、逆に気力が出ずに、寝てばかり、ということにもなる。ドクターミネが勤務医であった最後の二―三年は、猛烈に忙しかった。その要因は、新病院への引越しと機能拡大に加えて、新研修医制度に移行するために、地方の中核病院では急激に医師不足となり、開店休業状態の病院が続出し、辛うじて医師を確保できていた、勤務先の病院に患者が集中した事であった。過労は精神を徐々に蝕んでいく。楽しみの晩酌では、徐々に酒量が増加していった。眠りについても、すぐに目覚めてしまい、その後は眠れず、悶々としながら、起床時間を迎えた。それが早朝覚醒であることに、しばらくの間、気づかなかった。抑うつ的になると、身体症状が現れるが、これも知識としては知っていたが、我が身に起こるとは思ってもいなかった。そして遂に、同年齢の友人であるH医師が体調を崩して退職する事になった。退職届を提出した日、医局で顔を合わせたが、彼はこう言った。

「ミネちゃん。ミネちゃんも頑張りすぎると、俺みたいになるぞ」

 過労による疲弊(ひへい)は、人間を精神的に追い詰め、心が抑うつ的となる。ここで気づいて手を打つことができれば回復は容易だが、放置すれば、うつ病を発症する。うつ病を発症してしまうと、完全に回復するには大変な時間を要する。しかもうつ病は、時として人を自死にまで追い詰める。医療体制も同じである。この新型コロナウィルス感染症で、医療現場は疲弊し、悲鳴を上げている。現時点では、辛うじてギリギリ持ち堪えているにしても、この先、有効な策を講じることができなければ、医療崩壊が確実に起こる。一度崩壊が始まると、ドミノ倒しの如く、次々と崩壊が連鎖する。一度崩壊してしまうと、もう一度立て直すことは、極めて困難になる。

 わかってはいるが、今のドクターミネができることといったら、悲しいかな、毎朝の勤行で、医療現場が疲弊して燃え尽きないように祈ることと、自分が新型コロナに感染して、医療現場の方々に御迷惑をかけないように、感染予防に細心の注意を払うことしかない。

 それにしても、友人のH医師には、あの日別れて以来、一度も会っていない。どうしているのであろうか。鈴木雅之氏の歌の一節を思い出した。

「夢でもし逢えたら 素敵なことね」

ドクターミネの「老・病・死」を見つめる法話 第九回

 昨年は、新型コロナウィルス感染症に振り回された。この感染症に関して、専門家と呼ばれる人達の、色々な意見を聴いていて、ふと師匠の言葉が(よみがえ)った。

 ドクターミネの研修医時代の師匠であるH教授は、威厳があり、大変厳しかった。まさに「雷親父」であった。そんな厳しいH教授に対して我々医局員は内々で、畏敬の念をこめて「おやっさん」を縮めた「おっさん」という愛称で呼んでいた。当時の研修先大学病院にはその道の大家と呼ばれる有名教授が結構いて、師匠の「おっさん」もその一人であった。

 受持患者が専門外の病気をもっている場合、その専門領域の医師に診察を依頼してご意見を仰ぐ。ある時ドクターミネが、受持患者の診察依頼を出して、診察して下さったのが有名なM教授であった。そこでM教授のお見立てに従い、治療したことを、教授回診で胸を張って発表したところ、師匠の「おっさん」から、「お前は、いつからMさんの使い走りになったのだ」と烈火の如く怒鳴られた。大家のM教授のお見立て以上のものが、どこを探せば出てくるというのか。その時は、まったく理不尽なことで怒鳴られたと思った。

 後日、病院の職員食堂で、一緒に昼食を食べる機会があった。師匠の「おっさん」はとても機嫌が良さそうだったので、あの時何故叱られたのかを、おそるおそる質問した。すると「おっさん」は

「大家と呼ばれるような専門家でも、常に正しい判断をするとは限らない。またその判断が正しくとも、受持患者にとってその治療が、本当に今、必要かどうかは別問題である。自分のわからないことを専門家に尋ねるのは重要だが、専門家の言うことだから、偉い先生の言うことだからといって鵜呑みにするのが一番駄目だ。診察結果をみたらまず、自分で考えろ。わからなければ調べ、疑問があれば、何度でも問い直せ。その上で、自分が本当に納得できたら、自分の意志でその治療を行え。それが主治医の責務である」

 後年ドクターミネが指導医になった時、師匠の「おっさん」のこの言葉を、牛の反芻(はんすう)の如く、思い出しては(か)みしめた。

 コロナ対策のために、マスク着用、三密を避ける、手洗いが推奨されている。そもそもウィルスは、その大きさを考えれば、マスクの繊維間の隙間を素通りできるが、最近動物実験で、コロナウィルスの拡散に、マスクがある程度効果がある、との結果が得られた。集団発生した事例を、飛沫(ひまつ)感染の面から検討した結果、密閉・密集・密接という共通項が見つかった。また、接触感染予防には昔から手洗いが推奨されてきた。しかしこれらは、臨床研究に基づいて、その有効性が確かめられた訳では無い。

 ここにきてワクチン問題が出てきた。世界中で、特に米中が競争でワクチン開発に乗り出している。天然痘(てんねんとう)のように、予防接種で病気自体を完全に制圧できればいいが、よく対比されるインフルエンザの予防接種の効果と同程度であれば、完全に予防することはできない。ましてやワクチンには重大な副作用がついてまわる。通常ワクチン開発には十年かかると言われているが、今年中にワクチンが完成するとの報道もある。だからこそ、ワクチンを受けるか否かは、師匠の「おっさん」がいうように、まずは自分で充分考える必要があるが、そのためには相当の基礎知識が必要になる。よく「私は専門家ではないからわからない」という人がいるが、自分の一大事に関し、その言い訳を誰に向かってするのか、ということになる。結局、信用できる誰かに相談した上で決断するしかない。テレビに出てくる専門家は言い放しで責任がない。それを考えると、「かかりつけ医」の先生に相談するのがベストであろう。それをもとに自分で考え、自分の意志でワクチンを接種するか否かを判断するしかない。

2020年7月24日 (金)

コロナ時代の施餓鬼法要

令和2年5月23日(第四土曜日)大施餓鬼会法要

令和二年度の一向寺大施餓鬼法要は、新型コロナウィルス感染症(COVID-19)大流行による、緊急事態宣言が正式に解除される2日前の523日に修行したしました。

 本来、大施餓鬼法要は、伝染病、飢饉、戦乱などの原因で、亡くなられた大勢の方々の鎮霊、慰霊を目的に行われてきましたので、まさに今年はそういう意味でも重要な年といえます。修行にあたり、一向寺が二次感染の場にならないような配慮が必要ですが、今までこのような経験がまったくなかったので、出来る限り「三密」をさける方針で修行しました。

 写真1のように、檀家様方は本堂には入堂せず、境内にて、なるべく間隔を空けてお待ちいただきました。また焼香台は、本堂入り口前に設置し、階段昇降に関しては、右側上り、左側下りと分けるために、カラーコーンを置き、並ぶ際もそのカラーコーンの位置に並んでいただきました。

 卒塔婆は、写真2のように、卒塔婆置き場を境内内に設置しました。また、お世話人様方には一向寺袢纏を着用し、マスクと、一向寺が用意したフェイスシールドを着用していただきました。

 実際の法要は写真3のように、本堂内は僧侶だけとし、お手伝いいただいた3人の時宗僧侶には、マスクの代わりに、フェイスシールドをつけていただきました(マスクでの読経は結構不便なので)。

 法要の中で卒塔婆を供(くう)じた後、卒塔婆を本堂から境内内の卒塔婆置き場に移動し、一般の檀家様方には、写真4のように、本堂前でお焼香をしていただきました。その後、境内墓地の方は卒塔婆を外で受け取り、院外墓地の方は翌日、それぞれの墓地に卒塔婆を取りに行っていただきました。 

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写真3

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2020年7月22日 (水)

ドクターミネの「老・病・死」を見つめる法話 第八回

 令和二年七月にこの原稿を書いている。新型コロナウィルス感染症は終息どころか、東京ではまだ二百人以上の新規感染者が出ている。不要不急の外出を控える「巣ごもり」を勧められているが、ドクターミネも現役医師の足を引っぱらないように「巣ごもり」実行中である。自宅にいても「リモートワーク」で働かなければならない現役世代ならいざ知らず、引退世代であるドクターミネにとっての「巣ごもり」は、まさに「断捨離」「大掃除」の一大チャンスである。「捨てる」という決断は「思い出を断ち切る」という意味でもある。医学生・研修医時代に愛用した本は思い出一杯だが、今となっては実用的な価値はない。ましてや内科医を引退した身であればなおさらである。しかしそれでも「捨てる」となれば、思い切りがいる。また、一度も開いていない本や、かつて趣味で収集した品々などを、処分をするか否かという問題にも直面する。「今まで一度も読んでいない本なんか、将来読むことなんて絶対にないわよ」と妻に言われれば、なおさら捨てられなくなる。そんな思いと格闘しながら、まずは「捨ててもよい物」と「絶対に捨ててはならない物」とを仕分けし、即決できない物はしばらく手元に置き、スペースの様子を見ながら最終決断をするようにした。本は町内の「資源ゴミ」収集場所にもっていった。考える事はみな同じようで、五月の連休あけには、収集場所が大量の本であふれかえっていた。

 

 大掃除は、お宝発見の場でもある。庫裡の大掃除で、祖父が大事にしていた写真を二枚発見した。その一枚は、大正九年十二月二十八日に一向寺第三十四世住職となった、当時満二十一歳の祖父峯崎孝亮の晋山式の写真である。祖父の向かって右隣には曾祖父の孝純が、祖父の向かって左上には曾祖母のスミが写っていた。そしてもう一枚の写真は、明治十五年に時宗一向派大本山八葉山蓮華寺の法主となった、高祖父峯崎成純であった。現在は、どちらもスキャナーで取り込んで拡大し、本堂に掛けている。高祖父が、法主となって滋賀に旅立つ記念に写したもののようだ。拡大してみるとその口元は、歯周囲炎のために前歯を失っていたと思われる写真であった…。

 

 話は少しそれるが、我が家の二頭の犬は、口にくわえると「ピコピコ」という音がする玩具が大好きである。二頭が競争で奪い合う。なぜこんな物が好きなのか、不思議でならなかった。大掃除をしていて、同じような「不思議さ」を、かつての自分に感じた。あの頃の私は、どうしてこのような物にこだわり、収集したのだろうか。結局一度も開かなかったこの本を、どうしてあの頃は、購入しようと思ったのだろうか。確かにあの頃は、それを手にしたときには嬉しかったはずなのだが。これは結局、私という存在が無常である、という証拠なのであろう。仏教で言う無常とは、日本人が大好きな無常観、つまり『平家物語』の冒頭にある、「祇園精舎の鐘の声 諸行無常の響きあり」とは、少々異なる。すべてのものは、そのまま同じ状態で存在し続けることはできない、ということである。「パパ大好き」といって頬にキスをしてくれた娘が、いつの間にか「親父、うざい」と言うようになる。あの頃の私があれほど欲しくてたまらなかった物が、今ではどうでもいいような物にみえる。これが無常である。かつての患者の言葉を思い出す。

 

「私は戦時中、偵察機に乗っていました。戦艦大和の最後の出撃も、機上から見送りました。あの頃は出撃すると、必ず何機かは打ち落とされていたので、出撃する時はいつも、今度こそ俺が戦死する番だ、と思って飛び立ちました。でも不思議と一度も、死ぬのが怖いと思った事がありませんでした。でも今、七十を過ぎて先生の外来に通うようになって、死ぬのが怖いんです。」

 無常なのは身体だけではない。心もまた無常なのであろう。

 

2020年7月21日 (火)

ドクターミネの「老・病・死」を見つめる法話 第七回

 新型コロナウィルス感染症(COVID-19)大流行のため緊急事態宣言が出された、令和二年四月にこの原稿を書いている。一番衝撃を受けたのは、同い年の女優、岡江久美子氏が本病で亡くなられたことである。皆様方がこの記事を目にするお盆までに、終息するとは思えない。各地で医療崩壊が起こり『遊行』を読むどころではないという状況を危惧している。いや、ドクターミネ自身が感染して、「お浄土の人」になっているかもしれない。内科医としてはもはや、何のお役にも立たない老兵である小衲は、現役医療者が、燃え尽きないように毎日祈っている。弓の弦が張りすぎれば、最後は断裂してしまうように、緊張状態が続けば、遂には燃え尽きてしまう。一度燃え尽きてしまうと、そこから復活するまでに相当の時間を要する。場合によっては、一生医療者として、職場に復帰できなくなる人さえいる。

 

 現場の医療者は、ただ「目の前の患者」のために己を奮い立たせる。医師としての矜恃、看護師としての誇り、PCR検査は私達にしかできない、という検査技師の強い責任感で、最前線に踏みとどまっている医療関係者によって、現場が支えられている。しかも彼らには家族がいる。自らの身を守ることは、家族の身を守ることであり、それが同時に患者の身を守ることにもつながる。そのための防護服や医療用マスクがここに来て、底をついているという。このままでは、ぎりぎりのところで頑張っている勇士を、丸腰で最前線に立たせることになる。この問題だけは、最優先で解決しなければならない。

 

 新型コロナウィルスとの闘いは「戦争」にもたとえられている。戦争で思い出した事がある。第一次世界大戦を終戦に導いた陰の立て役者は、「スペイン風邪」と呼ばれたインフルエンザであった。もちろん日本も例外ではなく、推定患者数二千万人が罹患し、二十五万人が死亡したという。新型コロナウィルスは中国武漢から世界中に拡散したが、「スペイン風邪」と呼ばれたインフルエンザの発生起源には諸説あるようだ。

 

 この大戦に軍医として参戦したアルフレッド・アドラーは、戦争体験から「共同体感覚」という概念を提唱した。彼は「人生の意味は全体への貢献である」「私に価値があると思えるのは、自分の行動が共同体にとって有用であるときである」という。例えばドクターミネの場合「古河市民」「茨城県民」「日本国民」といった「地域」という共同体の中にいる。アドラーがいうように、私が所属している共同体の一員として、特にこのウイルス禍の状況の中で、私に価値があると思えるような有用な行動とは何か。誰もが賞賛するような積極的な有用行動など、期待すべくもない。畢竟、消極的な方法ではあるが、コロナウィルスに罹患しないための行動をとる、これに尽きるであろう。小衲が罹患すれば、ぎりぎりで頑張っている現役内科医の足を引っぱることになる。周囲の人にウイルスを拡散すればなおさらだ。住職としての仕事ができなくなれば、それを代務する方々にも負担をかける。「私、昔のようにガーゼでマスクを作って、それをしているの」とおっしゃる檀家の高齢婦人がいた。マスクがないと嘆くぐらいなら、作ればいい。手洗いを徹底し、「三密」環境を避ける。当たり前のことを、継続して実行するのは決して容易なことではないが、現在の小衲にとっては、共同体の一員としての、唯一無二の有用な行動は、その当たり前のことを実行する事、それこそが私の存在価値なのであろう。

 

 来年は、延期になった東京オリンピックをぜひ開催してほしい。今こそ、「共同体の一員」としての自覚を持ち、その共同体に対して有用な行動を意識する必要に迫られている。それは大それた事ではない。「ほしがりません、コロナが終息するまでは」に尽きるのかも知れない。

2020年2月 4日 (火)

ドクターミネの「老・病・死」を見つめる法話 第六回

 死は自らにとっては概念である。ドクターミネはかつて、存在を構成している「時」には「実」体験の「時」と、想定や期待といった、体験という意味では「虚」の「時」があり、死はあくまでも知識として理解しているという点で、自らにとっては「虚」の「時」であると論じた(『中外日報』平成二六年五月二一日号)。霊長類学者の水原洋城先生もまた「死は概念である」とおっしゃっていた。死を理解する為には概念化が必要であり、概念化するためには言葉が必要であるという。ドクターミネは、机上の哲学的思考から到達した結論だが、先生はニホンザルの研究からこの結論に達した(新谷尚紀著『お葬式』より)。子供の頃飼っていた猫が子猫を生んだが、まもなく死んでしまった。母猫はそれでも、死んだ子猫をどこに行くにもくわえていく。そのうち腐敗も始まったので、母猫がえさを食べている隙を見て、子猫を埋葬した。しばらくの間親猫が、鳴きながら子猫を探していた光景を忘れることができない。水原先生は、ニホンザルの母猿が、死んだ子猿をずっと持っているのは、今まで乳を吸っていた子猿が急に吸わなくなってしまい、どうしたらいいか、わからないからだという。子供の頃の記憶にあるあの猫も、同じだったのだろう。猿の場合、群れで暮らす動物であるため、死が近づいて弱ると、群れに置き去りにされ、遂には野犬などに食べられる運命にあるという。野生動物の場合、子育てが終了すると、親は子を突き放す。ところがペットは、親子でずっと一緒に暮らすケースがあり、「親の死」を目撃する場合もある。

 三十年近く前の話である。ドクターミネの寺房に、白い犬が、大きなお腹を抱えてやってきた。どうやら、去勢もせずに飼っていた近所の飼い主が、飼いきれなくなったために、引っ越しの際に置き去りにしたようだ。元々飼い犬であったためか、えさを与えると、初めはおそるおそるであったが、寄りつくようになり、遂には本堂の縁の下で子犬を出産した。母犬似の白い子犬は総代様にもらっていただき、茶色の子犬は子供達があまりにかわいがるので「チャコ」と名付けて、母犬「シロ」と共に飼うことにした。その後母犬「シロ」は亡くなったが、死因はおそらく、フィラリアによる肺塞栓症であった。病気の性格上、チャコの目の前で突然亡くなった。チャコはその後一週間、まったくえさを食べず、ずっと鳴いていた。チャコは乳離れした後も、ずっと母犬シロと暮らしていたが、総代様にもらって頂いた、シロが生んだ犬を、一度だけシロにあわせたことがある。すでに成犬となっていたためか、シロは歯をむいて怒りをあらわにして、自分の生んだ娘を追い払ったのである。同じ時に生まれたチャコに対しては全く見せない姿であった。

 水原先生がおっしゃるように、チャコは、母犬であるシロが死んだことを理解して鳴き続けた訳ではないのだろう。しかし、犬には犬の理屈があることを、このチャコから学んだ。

 シロが本堂の縁の下で子犬を生んだとき「阿弥陀様からのプレゼントだから、一向寺で飼うべきだ」との叔父の言でもあり、大きな犬小屋を用意して、境内で飼い出した。この叔父は口だけで出して、別にえさをやるわけでもなく、散歩をさせる訳でもなく、何もしたことがないのに、この叔父が来ると、なぜかシロもチャコも、狂喜乱舞するが如く喜んだ。その叔父が亡くなった時には、すでにシロは亡くなっていたが、チャコはいた。まだ叔父の死が知らされる直前、なぜか散歩の時チャコは、この日に限って叔父の家に行こうとした。そして家の前で止まり、家の上の方をずっと見ていた。道を変えても、またそこに戻って、家の上を見続けた。やむなく強制的に引っぱって家に帰ると、その叔父の死を知らせる電話が入ったのである。

2020年2月 1日 (土)

ドクターミネの「老・病・死」を見つめる法話 第五回

 早朝覚醒(そうちょうかくせい)という言葉がある。要は朝早く目覚めてしまうことである。病的なものとしては、うつ病の一症状として知られている。ドクターミネがまだ現役内科医であった四十台後半、あまりの忙しさに精神的に抑うつ状態になり、ただでさえ寝付きが悪いのに、すぐに目が覚めてしまうため、寝床で悶々(もんもん)とした経験がある。では六十を過ぎた現在ではどうか。特に抑うつ状態でなくとも、朝五時前に必ず目が覚める。時には「朝刊配達」の物音に寝床で気づくことすらある。小用のため目が覚めるのか、目が覚めるから小用をもよおすのかは、その時々による。ただ、トイレに起きた後、いわゆる「二度寝」が困難になってきた。晩酌のおかげだと思うが、寝付きは悪くないが、たまに設けた「肝休日」は寝付きが悪いのに、早朝覚醒は同じようにある。酒は「百薬の長」である。間違いない!

 ドクターミネが還暦を迎えた年に、ある檀家様がおっしゃった言葉が、いつも心に残っている。

「六十代は色々な意味で、春夏秋冬がある」

年寄りは早起き、と相場は決まっている。これが六十代の現実ならばしかたがない。これを受け入れて、早朝覚醒をどう対処するか、ないしはやりすごしか、が勝負となる。

 ドクターミネにとっては、睡眠薬を服用する、というのは最後の手段である。現代の代表的な、ベンゾジアゼピン系睡眠薬は、アルコールを呑んだ後に服用すると、一過性前向性健忘(いっかせいぜんこうせいけんぼう)をきたすことが知られている。これは、酒好きな友人の経験談である。晩酌でアルコールを呑んで居眠りをしたが、すぐに目覚めてしまったために、ベンゾジアゼピン系睡眠薬を服用して眠った。翌日の夕方、突然駐車場で、意識を取り戻した。その間のことをまったく記憶しておらず、しかし周囲の人に尋ねると、普通に車で出勤して仕事をしていたそうである。それ以降彼は、恐ろしくなったようで、断酒ではなく「断睡眠薬」をしている。また終末期となった、酒呑みの高齢患者が、亡くなる一週間前に、どうしても酒を呑みたいというので、日頃から愛飲していた日本酒を一口呑ませた時の感想が、次の言葉である。

「うまくねえや」

ドクターミネは、酒を口にして「うまくねえや」と感じる時期がきたら、眠るために、睡眠薬でも何でも服用するつもりである。

 午前四時ぐらいに小用で起きて、眠れないからといっても、仕事をする気力はわかない。かといって、起き出してごそごそしていると、我が家の「山の神」に叱られる。一人静かに、寝床に横たわっているしかない。念仏門の祖師である一向上人の和讃には「行住坐臥の勤め(念仏)には 威儀も作法もなかりけり」とある。歌手美空ひばりのヒット曲「柔」の一節にも「行くもとまるも坐るも臥すも 柔一筋」とある。この際、念仏の信者であり、念仏門の僧侶でもあるドクターミネの場合、念仏を称える以外の選択肢は思い浮かばない。そこで、声にならないような声で南無阿弥陀仏を称えていると、うとうとしてくることがある。これはまだ許せる。しかし何の脈絡もなく、突然妄想がわいてくることがある。正直、そういう自分に自己嫌悪していたが、最近、宗教学者の山折哲雄先生の言葉に感銘を受けた。この言葉に出会って、老いていくのも悪くないかも知れないと思えた。

早暁(そうぎょう)にはもう目覚めて、妄想のときを愉しんでいる。(中略)寝床の中の妄想三昧、この世とあの世をつなぐ、グレーゾーンの徘徊である」(『大法輪』令和元年七月号より)

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