2018年3月
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一向寺 年間予定表

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平成30年 一向寺 年間予定

1月2日ー1月6日 住職が檀家各家へ新年のご挨拶に伺います
 (地区外の檀家様は、お年賀を郵送します)
 3月18日—3月24日 春彼岸供養
  4月 8日   田代三喜まつり・お花まつり

 5月26日(第四土曜日) 大施餓鬼会法要
 7月13日—7月16日 東京、神奈川地区の盆供養
 (新盆供養のお宅には14日に住職が伺います。)

 8月13日—8月16日 盂蘭盆会供養(盆供養)
 (13日が仏様のお迎え、16日がお送りです。)
 (新盆供養のお宅には14日(市内)、15日(地区外)に住職が伺います。)

 8月22日(水曜日)新盆施餓鬼会法要(新盆の仏様のいる檀家様対象)
 9月20日—9月26日 秋彼岸供養
11月17日(金曜日) 開山忌法要
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駐車場のおしらせ

 一向寺の二大行事、大施餓鬼会法要と開山忌法要にお車でお越しの際には、一向寺西門から入って、本堂裏側の多目的広場に駐車してください。ただし、駐車可能な台数にも限りがありますので、できるだけ乗り合わせや公共の交通機関でお越しいただければ幸いです。

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年回法要(一向寺本堂内に故人のお名前が掲示してありますので、ご確認ください)


 1周忌:平成29年
 3回忌:平成28年
 7回忌:平成24年

 13回忌:平成18年
 17回忌:平成14年
 23回忌:平成 8年

 27回忌:平成 4年
 33回忌:昭和61年
 37回忌:昭和57年

 43回忌:昭和51年
 47回忌:昭和47年
 50回忌:昭和44年

2018年3月14日 (水)

終末期医療について(4)

ドクターミネの毒舌健康法話
 前回は胃瘻(いろう)、人工呼吸器について説明しました。他人事としては、延命治療によって生かされている人をみると、自分はこんな状態になってまで生きていたくない、と感じるので、八割の人が延命治療を望まないと回答しています。しかし実際の場合、脳卒中や認知症で寝たきり状態になった本人は、意思表示できませんから、特に胃瘻を作るか否か、家族がその決断を迫られます。確かに胃瘻を作らなければ、月単位、年単位の寿命を縮める可能性があります。しかし胃瘻をつくっても麻痺(まひ)や認知症は改善しません。つまり寝たきりの状態で寿命だけが延びるということです。
 家族が悩み抜いた末に、胃瘻をつくらないという方針を固めたとしても、普段は病院に見舞いに来ないような親族がやってきて、無責任な正義感を振り回して「お前達はこいつを見殺しにするのか」といわれると、決断がにぶります。こういう無責任な正義感を振り回す輩(やから)にかぎって大変な介護を手伝うわけでもなく、口だけ出すのです。世の中には、自分が実際に手を汚す必要がなければ、大声で、無責任な正義感をふりかざす輩がいるのも現実です。アンパンマンの作者、やなせたかしさんの言葉を思い出します。
「正義とは何か。傷つくことなしには正義は行えない」
 一方胃瘻を造らないという決断は、自然死を自宅で迎えることを意味します。病院は本来治療をするべき場所ですから、ただ自然死を待つだけの患者を入院させておくことはできません。退院して、もし一日一本程度の点滴を望まれるのであれば、自宅で往診医に頼むことになります。第二回目でお話ししたように、二〇三〇年には三人に一人が六十五歳以上の高齢者となりますので、入院ベッドが圧倒的に不足します。ですから、特に今後は、自然死を望むということは「自宅での死」を念頭に置いたうえで、準備を進める必要があります。
 私達は、死ぬという体験ができません。私達に可能な死の体験は、いつも「死なれる」という体験だけです。死なれるという体験を通して、自らの死を考えるのです。しかも死に方を、選ぶことができません。末期癌で死ぬかもしれないし、脳卒中や認知症で寝たきりになって死ぬかもしれない。案外ポックリ死ぬかもしれない。
 ドクターミネの健康法話をお読みくださる方々は皆、今までずっと一所懸命(いっしょけんめい)に生き、そして自分の責任を果たしてこられたことでしょう。そして一所懸命に生きた先に、終末期がやってきます。ですから、どのような状態になろうとも生き切る。言い換えれば、その死に様を、死んでいく「ありのままの姿」を次の世代に見せるというのが、最後の最後に残された役目のように思います。後に残る次の世代の方々に、人はこうやって死んでいくものだという現実を見せることで、死を学ばせる。これが人生最後の仕事だと思います。脳卒中や認知症で家族に迷惑を掛けるかもしれない。癌による闘病生活で、家族に苦労をかけるかもしれない。でも、それが死ぬという現実です。
アンケートでは八割の人が延命治療を望まないと答えていますが、答えている人のほとんどは他人事です。実際に自分の連れ合いや親、時には子供がそういう状況になって、その選択を迫られたら、大変悩みながら決断することになりますです。死に方を選択できないのであれば、どのような死に方になろうとも、念仏を称えて受け入れる。念仏は、よりよい死を迎えるためのものではありませんが、結果として、どのような死に方になろうとも、念仏を称えてすべてを受け入れる。お迎えが来るまで、どんな事があろうともとにかく生き抜いて、その死んでいく姿を次の世代に見せる。これが私達のするべき最後の仕事だと心得ています。

終末期医療について(3)

ドクターミネの毒舌健康法話
 私達は一日約二二○○キロカロリー程度を食べています。最低限の生命維持には一四○○キロカロリー程度は必要です。よくご存知の点滴で補えるのは、一日中点滴をしても、せいぜい三〇〇キロカロリー程度です。一〇〇〇キロカロリー以上不足します。もし手術のために一時的に禁食となる患者には、頸静脈(けいじょうみゃく)や鎖骨下静脈(さこつかじょうみゃく)からカテーテルを心臓まで挿入(そうにゅう)して、心臓に直接高濃度の栄養をいれます(中心静脈栄養)。この方法の最大の問題点は感染です。高濃度の栄養をいれるカテーテルですから、どんなに消毒して留置しても永く留置すれば、そのカテーテルに沿って細菌が入り込んで、敗血症をおこします。ですから、留置できるのがせいぜい一ヶ月限度ですので、終末期医療には向きません。一方胃瘻(いろう)は、チューブがお腹の外に出ていますが、もともと消化管は菌と仲良く暮らしている臓器で、特に胃は塩酸が胃液として分泌(ぶんぴつ)されているため、胃液により菌はある程度死にします。その先の腸は、そもそも乳酸菌や大腸菌といった菌が生息していて、いわゆる陣地を造っていますから、外から菌が侵入してきても、それらを排除します。ですから、胃瘻を通じて細菌が混入しても、ほとんど問題が起こりません。
 ただ、衰弱(すいじゃく)して意識もない状態で、胃瘻や人工呼吸器につがれて、かろうじて生命を維持している姿をみると、これが人間の尊厳(そんげん)を維持した姿といえるのか、と感じられます。末期癌の場合、すべての臓器が衰弱していますので、胃瘻をつくって無理矢理栄養を押し込んでも、かえって患者を苦しめることになります。呼吸に関しても同じ事が言えます。ですから末期癌の多くの場合は、人工呼吸器も胃瘻も行いません。
 悩ましいのは、脳卒中や認知症の終末期の場合です。慢性期で寝たきりとなった終末期患者が、徐々に呼吸が弱くなれば、人工呼吸器をつけても余命延長は期待できないので、ご家族と相談して、人工呼吸器を装着しないという選択が可能です。しかし脳卒中急性期で実施された人工呼吸器の場合は、慢性期で自発呼吸が出てこなければ、人工呼吸器をはずすことができず、いやが上にもずっと呼吸器がついたままの状態になります。
 胃瘻の場合は異なった問題が生じます。そもそも口は、食べ物の道(食道)と呼吸の道(気道)と共通です。のど(喉頭(こうとう))で気道、食道に分かれます。飲み込む場合、食物や飲み物が気道に入らないように、まず気道にふたをして呼吸を止めます。食物がすべて食道に入った後、気道のふたを開けて呼吸を再開します。それがもし、脳血管障害などでこのシステムに不具合が生じると、食物や水が食道に送れないばかりか、気道に入る事もあります。食物や飲み物が少しでも肺に入ると、重篤(じゅうとく)な肺炎をおこし(嚥下性肺炎(えんげせいはいえん))死にいたります。ですから医師は胃瘻を勧めるのです。嘔吐(おうと)による誤嚥(ごえん)や、一日約二リットル出るだ液の誤嚥は防げませんが、胃瘻を作ると、その後年単位で寿命が維持されることもまれではありません。
 他人事として人工呼吸器や胃瘻の患者をみると、こんな状態になってまで生きていたくないと感じて、七割以上の人が胃瘻等を望まないと回答します。しかし実際に脳卒中で寝たきりになった場合、自分では意思表示できませんから、胃瘻を作るか否か、家族がその決断を迫られます。胃瘻をつくっても、麻痺(まひ)や認知症はよくなりません。ただ寝たきりの状態で寿命だけが延びるのです。「延命措置としての胃瘻や人工呼吸器装着を拒否する」という本人からの、遺言書のような法的効力のある文書でもないかぎり、家族は迷いながら決断するのです。

終末期医療について(2)

ドクターミネの毒舌健康法話
 通常の医療と終末期医療との決定的な差は、ゴールの違いです。通常の医療は治癒(ちゆ)(完全に治ること)軽快(よくなること)がゴールです。そのゴールに向かって治療しますので、医師と看護師が中心となります。しかし終末期医療の場合、ゴールは「死」です。治癒、軽快が、すでに望めないからこその終末期医療です。ですから、よりよい「死」を迎えていただくために、あらゆる職種の方と、そして家族が一丸となってお世話します。最近では臨床宗教師により、宗教的な領域に対するケアも行われるようになってきました。
 一方同じ終末期医療でも、末期癌(がん)の終末期と、脳卒中や認知症で寝たきりとなった終末期では、一番異なる点はゴールが予想できるか否かです。末期癌の場合、元々の癌の悪性度、進行度、採血データなどから、余命が三ヶ月、半年と、ある程度予想できます。しかも末期癌といっても、本当に介護が必要となるのは最後の一、二ヶ月です。ですから、患者と家族が自宅での最期を希望する場合、介護保険も適応になりますので、訪問看護師や在宅ガン専門医に協力してもらい、その一、二ヶ月間を全力投球すればいいのです。緩和(かんわ)ケア病棟(末期癌患者の入院する病棟)に入院するにしても、入院期間はせいぜい一ヶ月程度です。現在では、申請すれば介護休暇が得られます。その期間中は給与が一部カットされますが、最大で三ヶ月休むことが可能ですので、この制度を充分に活用できます。
 しかし、脳卒中や認知症で寝たきりとなった終末期患者の場合、この予想がたちません。合併症により一ヶ月で死亡するかもしれないし、十年寝たきりという方もいます。いつまでがんばればいいのか予想ができないまま、がんばり続けることを要求されます。先が見えぬまま介護し、あっという間に介護休暇期間を使い果たしてしまい、場合によっては家族の誰か、退職せざるを得なくなります。決してきれい事ではすまない現実です。
 皆様方は「二○三○年問題」をご存じでしょうか?二○三○年になると、三人に一人が六十五歳以上になります。六十五歳以上になれば、入院が必要な病気になる人の割合が増加します。しかも近年、九割の方は病院で死にますので、当然ですが入院ベッドが圧倒的に不足する事態になります。医療財政の面を考えても、所得税を納める年代が今後、全体の三分の一になりますので、その財源をどうするのかという大問題が生じます。選挙前になると、その場限りの、口先だけの「減税」を公約する候補者が見受けられますが、目の前に迫った「二○三○年問題」は、決してさけては通れないことを認識しておく必要があります。
 平成二十五年の読売新聞にアンケート調査によると、終末期において、延命治療(えんめいちりょう)を望まないと回答した人が八割でした。胃瘻(いろう)、人工呼吸器に関しては、七割以上の人が終末期においては望まないと回答しました。人工呼吸器は通常、急性期や急変時に使用されるもので、心臓は動いているが、呼吸が停止した、ないしは弱くなってきた場合に用います。胃瘻は、水や食べ物がうまく飲み込めない患者に挿入(そうにゅう)します。お腹に穴を開けて、胃に直接バルーンチューブをいれて留置し、このチューブから栄養や水、薬などを入れます。かつては鼻から胃まで管を入れて、そこから水や栄養を入れていました。しかしそもそも、のみ込みができない患者に入れるので、挿入自体が困難で、しかもチューブの定期交換のたびに患者に苦痛を与えなければなりませんでした。それに対して胃瘻は、太いチューブを挿入できるし、交換も比較的容易であり、苦痛もありません。しかも不要になれば、ただ抜去するだけ(自然に穴が閉じる)ですので、近年多用されるようになりました。

終末期医療について(1)

ドクターミネの毒舌健康法話
 昨今「終活(しゅうかつ)」という言葉をよく耳にします。終活とは、ぎりぎりの終末期(死が目前にせまっている時期)では、お墓や遺産相続の問題などの、社会的な問題を解決することなどできませんから、前もって問題を解決しておく、という活動のことです。もし自分が不治の病になった時にどうしてほしいか、といった希望もあれば、それを正式に伝えることも含まれます。要はお迎えが来たら、胸を張って威風堂々(いふうどうどう)とこの世を去っていくための準備です。
 終活に関する社会的問題について語るほどの知識はありませんから、ドクターミネは、自分が不治の病になった時にどうしてほしいか、という希望のある方々のために、終末期医療に関して4回に分けてお話しいたします。
 ドクターミネは丙申の生まれですので、還暦を過ぎました。ですから終末期医療の問題は、決して他人事ではありません。皆さんは、できれば苦しまずにポックリ死にたいと思っていませんか?正直に申し上げます。私も同じです。口には出しませんがね。
 こんな話を耳にしたことがあります。少し前に「ポックリ観音」なるものがブームになりました。家族に苦労かけながら、自分も苦しみながら死ぬのはいやだ、できるならばポックリ死にたい、という希望をかなえてくれる観音様を、あるお寺で建立したら、大勢の参拝客が集まるようになった。そこである旅行社が、ポックリ死にたいという高齢者を集めて、ポックリ観音参拝ツアーを企画したら、びっくりする程の客が集まったそうです。無事に参拝して、帰る途中、参拝客の一人がバスの中で突然意識を消失しました。
旅行社はあわてて病院に運びましたが、結局帰らぬ人になりました。これって、ほとんど苦しまずにあっという間に死んだのですから、いわゆるポックリ往生ですよね。この観音様はまさに「霊験(れいげん)あらたか」ということです。ところがこのツアーは、翌年から誰も応募しなくなったそうです。ドクターミネは大田南畝(おおたなんぽ)の狂歌を思い出しました。
「いままでは 人の事だと思ふたに 俺が死ぬとはこいつはたまらん」
 高齢の患者さんからはしばしば、家族に迷惑をかけたくないからポックリ死にたい、という言葉をよく聞きます。しかし実際にポックリ死なれると、後に残された家族は大迷惑です。病院で死のうが、自宅で死のうが、医者の管理下で死ぬ場合は、死因がわかっていますのですぐに死亡診断書が出ます。
しかし死因のわからないポックリ往生の場合、警察医が呼ばれ、まず事件性の有無を調べます。そして最近ではAIと呼ばれる、死因判定のためのCT検査が行われます。ここで死因が判定されれば、警察医による死体検案書が出ますが、もし事件性が少しでもある場合、ないしは死因が判定できない場合は、司法解剖となります。
司法解剖は、裁判所からの執行命令が必要になります。執行命令が下りると、司法解剖のできる施設に送られ、司法解剖の結果に基づいて死体検案書が作成されます。その間約1週間かかります。そして待ったなしの一連の弔い事と遺産相続。どこに何がしまってあるのかわからず慌てふためき、追われるように通夜、葬儀、そして七七日法要と納骨。実際に母親にポックリ死なれた先輩は、こう言っていました。
「お袋が死んで、もうだいぶたつのに、お袋の亡くなる前日の顔と、こたつで死んでいたあの日の姿を、今でも時々思い出すんだ。卒中で十年間寝たきりで死んだ親父の姿は、まったく思い出さないのに。」
 確かに病気になって入退院を繰り返して死んでいけば、家族には大いに負担になる。でもそうやって徐々に弱りながら、遂に最期の時を迎えるという死に方の方が、後に残る家族は死を受け入れやすいのかもしれません。

平成30年 一向寺通信です。

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2017年1月 7日 (土)

平成29年 一向寺通信です。

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2017年1月 6日 (金)

末梢性顔面神経麻痺について

 顔面神経は、そもそも十二ある脳神経のうち、第七番目の神経です。顔面の動きをつかさどる神経で、まぶたの開閉もします。脳橋(のうきょう)より顔面神経は出ますので、脳橋より上位の脳で脳梗塞や脳出血が起こると、顔面神経障害が起こります。これによる麻痺(まひ)を、中枢性(ちゅうすうせい)顔面神経麻痺といいます。
一方、顔面神経そのものが、なんらかの原因で傷害されて起こる麻痺を末梢性(まっしょうせい)顔面神経麻痺といい、突然発症する原因不明の一側性末梢性顔面神経麻痺のことをベル麻痺といいます。その他に末梢性顔面神経麻痺をおこす病気としては、水痘(すいとう)・帯状疱疹(たいじょうほうしん)ヘルベスウイルスによって引き起こされるラムゼイ・ハント症候群、腫瘍、多発神経炎、サルコイドーシス、多発性硬化症、ライム病、外傷などがあります。
 中枢性であれば、片麻痺などの他の随伴症状(ずいはんしょうじょう)があるのが普通ですし、顔面神経麻痺以外の麻痺が後遺症として残る可能性が高くなります。前回の号でもお話ししましたように、当時の時宗二祖真教上人は高齢で、しかも片麻痺の後遺症があったとすると、あちこち遊行するのは、不可能だと思われます。
また末梢性の中でも、中風と言い伝えられたことを考慮すれば、突然発症したことでしょう。腫瘍やサルコイドーシスなどは発症が比較的ゆっくりであり、また顔面神経麻痺以外の随伴症状を伴います。またラムゼイ・ハント症候群は、確かに片麻痺はありませんし、強い顔面神経麻痺をきたしますが、耳介や外耳道に帯状疱疹できるので、強烈な痛みを伴います。
また時に難聴や味覚障害もおこします。以上より、時宗二祖真教上人がわずらったのは、おそらくベル麻痺かラムゼイ・ハント症候群であったと思われます。そして顔面神経麻痺の後遺症による顔面のゆがみが後世に伝えられた、と考察します。
 ベル麻痺について説明します。原因は不明ですが、近年単純ヘルペスウイルスの再活性化が原因ではないかと言われています。突然発症するのが特徴ですが、耳介後部痛が先行することがあります。そして顔面神経の完全麻痺がおこり、四八—七二時間でピークに達します。
麻痺側の鼻唇溝(びしんこう)(いわゆるほうれい線)だけが消失し、口角が下がり、額のしわも消失します。ですから片側だけが無表情になります。なお、顔面神経麻痺のうち、中枢性なのか末梢性なのかを鑑別するポイントは、額にしわがよせられるか否かです。
中枢性では、額にしわをよせることができますが、末梢性ではしわをよせることができません。また、口笛がうまく吹けなくなり、特に唇音である「パピプペポ」がうまく発音できなくなります。また急性期や重症例では、麻痺側の目を閉じることができなくなり、角膜が乾燥して、傷つけることもあります。
 ベル麻痺を診断する上で特徴的な検査はありません。顔面神経麻痺の患者さんにCTやMRIを施行するのは、ベル麻痺を診断するためにはなく、中枢性顔面神経麻痺をきたすような脳梗塞や脳出血、末梢性顔面神経麻痺をきたす脳腫瘍などの鑑別診断のために施行します。
 治療はベル麻痺もラムゼイ・ハント症候群も、ヘルペスウイルスに対する抗ウイルス薬が有効です。また眼球結膜を保護するために、眼帯と人口涙液を使用します。予後ですが、ベル麻痺による顔面神経麻痺は多くの場合数ヶ月以内に完全回復しますが、後遺症が残る人もいます。ラムゼイ・ハント症候群の場合は、ベル麻痺より予後不良です。

時宗二祖 他阿真教上人のご病気について(1)

Photo_2 平成三一年(二〇一九)には、時宗二祖他阿真教(たあしんきょう)上人七百年御遠忌があります。この真教上人こそが、現在の時宗教団をつくられた方です。

正応二年(一二八九)八月二三日に宗祖一遍上人がお亡くなりになります。このとき厄介な問題が起こりました。カリスマ性をもった教祖の死が、教団の終末を意味する場合、残された信者や高弟達は、その存在価値を失い、教祖の後を追うようにして、集団自殺の危険性が高まることが知られています(これを群発自殺(ぐんぱつじさつ)といいます)。

この時点の時衆(時宗教団に従う出家者と結縁者)もまさにこの危機に陥りました。捨て聖を全うした一遍上人は、教団存続を積極的に望まれなかったために、後継者の指名を行わず、静かに息を引き取りましたので、行き場所を失った大勢の時衆だけが残されました。

実際にその後、目の前の海に身投げをして自殺する時衆が七人いました。真教上人は、彼の周囲に集まった、行き場を失った大勢の時衆を引き連れて、死に場所を求めて彷徨の旅を余儀なくされました。

しかし丹生山(たんじょうさん)で粟河(あわ)の領主に出会い、御賦算(ごふざん)したことを契機に、集団自殺を思いとどまり、真教上人を時宗二祖として、再び遊行が再開されました。後に真教上人は、彼に付き従う時衆が再び路頭に迷うことがないように、しっかりとした教団形成を行いました。

その真教上人は晩年「中風(ちゅうふう)」をわずらった、という言い伝えがあります。中風とは、脳出血や脳梗塞により、運動障害や言語障害のある状態を示す、古い言葉です。この絵をご覧になってください。
一遍、真教両上人の伝記である『一遍上人縁起絵(いっぺんしょうにんえんぎえ)』巻八にある真教上人のお顔です。右側の顔面がゆがんで見えます。現在残されている真教上人の絵や仏像には同様に、右側半分の顔面がゆがみ、右目をすがめた特徴的なお顔となっているものが、いくつかあります。しかし正式な伝記類には、中風を想像させるような記載は残されていません。
ドクター ミネは、この伝承が医学的に見て間違っていると考えています。右顔面がゆがんでいますので、もし中風であったとしたら、左側の脳に梗塞なり出血が起こったことになります。そうなると右側の上下肢と言語機能が傷害されます。真教上人は六十八歳の時に遊行を智得上人に譲って、無量光寺に隠居されますが、隠居後も弟子達の要望に応えてあちこちに出向いておられましたし、八十三歳でお亡くなりになるまで、手紙も書いておられました。
右手、右足が不自由な高齢者が、そもそも徒歩による旅をしますか?まめに手紙を書いたり、和歌を書き残すことが可能でしょうか?現代医療においても、脳出血、脳梗塞は後遺症が問題となります。治療法もなく、リハビリの概念すらなかった鎌倉時代に、ひとたび中風がおこったら、顔面以外の麻痺(まひ)が完全回復するなど、常識では考えられません。
おそらく中風ではなく、突然発症した、末梢性顔面神経麻痺ではないかと考えています。この病気は現在でも、脳卒中との鑑別が必要なる疾患ですので、当時の人が中風と思ったのは無理がないと思います。
 では次回は、時宗僧侶でもあるドクター ミネこと、峯崎賢亮が謹んで、他阿真教上人が晩年わずらったと思われる、末梢性顔面神経麻痺(まっしょうせいがんめんしんけいまひ)についてお話しいたしします。

減量の話(4)  峯崎賢亮

 成人男性の場合通常、一日2600Kカロリー位摂取していますので、減量するためには、1800Kカロリー程度に減らす必要があります。活動する朝、昼を少し多めにして、夕を少なめにするという分配方法が理想ですが、これでお酒を呑むと、確実にカロリーオーバーです。そこでドクター・ミネが実行したのは、一日一食ダイエット法でした。
とにかく朝、昼は空腹を我慢する。そして夕食1食に1800Kカロリーを集中するという方法です。一食1800Kカロリーならばお酒を呑んでもカロリーオーバーになりません。例えばビール中瓶200Kカロリー、日本酒1合200Kカロリーですから、食事とおつまみに1400Kカロリー食べられます。野菜サラダと野菜の煮物160Kカロリー,あじの塩焼き1匹80Kカロリー,枝豆80Kカロリー.マグロの赤身と鯛の刺身が、少し小さめの切り身であればあわせて8切れで480Kカロリーをつまみに食べて、締めの牛丼640Kカロリー。これなら継続可能でしょう。
ドクター・ミネは、特にアルコールに関して工夫を加えました。日本酒一合分(180ml)を基準に換算すると、ビールならば540mlで210Kカロリー。ワインなら225ml(グラス一杯60mlとして3.5杯分)で180Kカロリー。焼酎なら108mlで170Kカロリー。ウイスキーなら60mlで160Kカロリー。アルコール量とカロリー量を計算しやすいように、前もって日本酒1合相当分の各種のお酒を、計測カップを使って計測し、コップなどに印をつけておきました。また野菜サラダであれば、ドレッシングなど使わず、ポン酢で食べました。
どうしても昼に空腹がつらければ、おにぎり1箇と豆腐半丁を食べました(240Kカロリー分を夕食では減らす)。また、仕事の関係で夕食が遅れる時などは、空腹に堪えるために、沖縄の黒砂糖を1箇ないし2箇食べました。脳の満腹中枢は、ブドウ糖によりコントロールされていますので、少量のブドウ糖補給により落ち着きます。これにより一ヶ月で、体重が5Kg低下しましたが、ここで一旦下げ止まりになりました。そこで有酸素運動を開始しました。これにより一年間で90Kgあった体重が75Kgまで減少しました。
 この方法は、お酒の好きな諸兄には好都合です。しかし最大の問題点は、一日一食にすることによる膵臓への負担です。食事をすると、その都度血糖上昇を押さえるために膵臓からインスリンが分泌されます。食後に高血糖となる糖尿病患者では、一日分のカロリーを一食に集中すると、インスリン分泌が追いつかなくなり、確実に糖尿病が悪化します。現在糖尿病を発症していない方でも、糖尿病が心配となる年代で実行するのは、お勧めできません。
 「ダイエットしても、おっぱいだけが小さくなって、お腹の脂肪が全然減らない」という女性の嘆きの言葉を、しばしば聞きます。実は女性の乳房の大きさの差は、乳腺の量ではなく、脂肪の量の差です。生命に直接かかわっていない脂肪なので、脂肪燃焼が必要な時には真っ先に使われます。逆にお腹の脂肪は、大切な臓器を守る働きをしています。若い世代ならば筋肉でお腹を保護できるでしょうが、中年以降になれば、脂肪がクッションとなってお腹を保護しています。
だから脂肪燃焼が必要なときには後回しになるのです。そもそも大病を患えば、必ず体重が減少します。大病と闘うにしても、大病を抱えながら共に生きるにしても、減少するだけの体重があるのとないのでは、どちらが有利でしょうか?体重を測定することは重要です。
しかし高齢者になったら、無理に体重を減らすという「考え」を捨てることも重要です。減量のために運動するのではなく、大病に備えての体力維持、日常生活に支障をきたさないように、転倒予防ための筋肉維持を目的とした運動を継続する必要があるのです。

減量の話(3)  峯崎賢亮

 食事に関してはどうでしょうか。成人男性の場合通常、一日2600Kカロリーぐらい取っています。ですから減量しようと思ったら、食事を男性なら1800Kカロリー、女性なら1600Kカロリー程度にしなければなりません。カロリー計算をする上で、糖尿病の食事療法に関する本が役に立ちます。糖尿病では80Kカロリーを1単位として計算します。1800Kカロリーですと、22.5単位ということになります。つまり23単位以内に納めるということです。

しかしこれは結構大変ですよ。ドクター・ミネは茨城県民ですから、朝は納豆卵かけご飯が一番です。ご飯茶碗一杯のカロリーが3単位ですから、240Kカロリー。小さいパックの納豆も、卵もそれぞれが1単位ですから、それで160Kカロリー。それにお新香と味噌汁でだいたい1単位。つまり大好きな納豆卵かけご飯とお新香、味噌汁で6単位の480Kカロリーです。昼にラーメン食べると、これが6単位ぐらいですから、夕食に食べられるのが、1012単位です。これはカツ丼1杯に相当します。

カツ丼にビールつけるとビール分がアウトです。減量のための食事療法は、継続しなければ意味がないので、容易ではありません。空腹にたえきれずに失敗するケースが多いのはこのためです。ですから、減量のための食事療法を継続するためには、何らかの工夫が必要なのです。その工夫に人それぞれの方法があるので、ダイエット本が星の数ほど出版されるのです。

前回お話ししたように、摂取カロリーを減らすダイエット法なのか、消費カロリーを増やすダイエット法なのかを判断できないようなダイエット法は、実行しない方が好いと思われます。それ以外にも、年代によっては、または持病によっては、このダイエット法は身体に良くないというものもあります。

 減量の成功の可否を握っているのが、動機なのです。10代、20代の頃は、異性にもてたい、そのためにはかわいい、格好いい服が着られるように減量する。これは立派な動機です。恥ずかしながらドクター・ミネも、19歳で初めてダイエットをした動機は、まさにこれです。それが中年になると、これがあまり有効な動機ではなくなります。成人病予防のためのメタボ対策。これも、よっぽど身近な人が成人病で倒れない限りあまり強い動機にはならないようです。

ドクター・ミネも同様で、40歳のころは90キロの体重がありました。ところがダイエットに再挑戦をするきっかけとなったのは腰痛でした。しかも介護保険の認定審査委員会を任されるようになると、多くの高齢者の生活状況を知ることになりました。例えば脳卒中になると、介護してもらうにしても、自分がリハビリをするにしても、体重が重いと不利益になります。

また生命の危機に直結する病気をもっていない高齢者の場合でも、太っていると、どうしても膝や腰を痛めてしまい、加齢に伴う「整形外科の病気」のために自立生活に支障をきたすのです。しかも高齢者になると、整形外科医から減量しろといわれても、現実問題としては、癌のような大病を患わない限り体重が減りません。それは高齢者の場合、消費するカロリーが激減するからです。その一番の理由が筋肉の減少です。

筋肉が多ければ、じっとしている時でも熱としてエネルギーを放出しますので、寒さに強いのですが、高齢者が寒さに弱くなるのは、筋肉からの熱放出が減るからです。つまり高齢者になってから減量しようと思っても「遅かりし由良の助」なのです。

将来「整形外科的な痛みを伴う病気」を予防するためには、40代、50代の時に、減量の努力をしなければならないのです。次回はドクター・ミネが実際に行った方法を紹介します。

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