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2010年10月 2日 (土)

『汝スプーン(匙)となるなかれ②』Dr.Mineの仏教法話

 私には思い当たる節があります。私の学生時代の時宗学頭(がくとう)は橘俊道(たちばなしゅんどう)先生でした。

常に真摯(しんし)に時宗学を研鑽(けんさん)され、毎年本山で行う講習会で講義されていました。私も師父に言われて、正直に言えば嫌々、その講義を聴きました。30年以上も前の話です。

二十歳を少し過ぎたばかりの医学生であった私は、仏教の話にまったく興味が持てず、いつも居眠りばかりしていました。橘先生は同じ時宗の僧侶だから、必要になった時に一所懸命に聴けばいいやと、高を括っていました。

ところが橘先生は、平成元年に72歳で往生されてしまい、私が四十歳をすぎて仏教に興味を持ち始めた時には、もうお話しを拝聴することができなくなっていました。ここで初めて、自分がスープの横にある、スプーンだったと気付きました。

 師弟関係が親子である場合、特に父と息子という場合は、問題が複雑です。右も左もわからない駆け出しの時代は、親子の師弟関係だと、どうしても子供の方に甘えが生じてしまいます。そのため往々にして、スープとスプーンの関係になってしまい、気付いたら親が亡くなっていて「親孝行、したいときには親はなし」という心境になります。


 こんな話がありました。ある有名なお蕎麦屋さんのご主人は、自分のお店をぜひとも息子に継いでもらいたいと、手許において修行させていました。

ところが息子の方はチャランポランとやっていて、らちがあきません。いくら言っても同じ失敗ばかり繰り返す有様。そんなある日、身体の調子が悪いのに気付いて病院を受診したご主人は、医師から癌である事を告げられました。しかもすでに末期癌で、余命三ヶ月だといわれました。自宅に戻って、仕事を息子に教えなければならないと焦るのですが「親の心、子知らず」であいかわらずチャランポラン状態。ご主人、遂に意を決して息子にこういいました。

「俺は、医者から癌で、余命三ヶ月だといわれてきた。いいも悪いもない。お前に仕事を教えてやれるのは、どんなに長くとも、あと三ヶ月しかないんだ。」


その日から、息子の目の色がわかったそうです。


 人間、いつか死ぬ事はわかっていても、まさかそれがすぐに訪れるとは予想していません。だから息子にしてみれば、いつでも親から蕎麦作りを教えてもらえると思っています。


それが当たり前だと思っている。


ところが、長くともあと三ヶ月という期間限定であることを知ったとき、今まで当たり前だと思っていた事が当たり前ではないことに気づくのです。この、特に意識をせずに当たり前だと思っている事を「自明(じめい)」といいます。

それが死を前にして、当たり前だと感じていた事が当たり前ではないと気づく瞬間を、自明性の崩壊(ほうかい)といいます。この息子は、蕎麦作りの師匠である父の死により自明性が崩壊することで、自分が法句経64でいうところのスプーンであると気付いたのです。


 大ヒットした『ロード』という歌の一節に、「何でもないような事が、幸せだったと思う」というのがあります。

これがまさに、自明性の崩壊を感じた瞬間です。何でもないような事を、当たり前の事として意識せずに出来る事が、実は幸せなのです。なにせ、チャランポランな息子を一日で真面目な青年に変えてしまうのですから。(続く)


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