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2011年8月 9日 (火)

『施餓鬼法要の現代的意義 ⑤』 Dr.Mineの仏教法話

 このたびの東日本大震災では、世界中の人達からご支援をいただきました。アフリカの貧しい国でも、日本の大災害のニュースは伝えられていて、彼らが日頃口にしている豆を送れないかと、日本人のNPO職員に申し入れがあったそうです。

ぎりぎりの生活の中で命をつないできた彼らの貴重な食料である豆を、被災した日本に送りたいと申し入れてくださったそうです。世界中の人達と縁でつながっていることを、自覚せずにはいられません。世界中の人達との縁で、私たちは一人一人が生かされているのです。

 アメリカの遺伝学者、アラン ウィルソンが世界中の人間の遺伝子を追跡した結果によりますと、人類65億人はすべて、15万年前に中央アフリカに生きた、一人の女性に辿り着くのだそうです。つまり、人類65億人は等しく、この「偉大なるお母様」の子孫なのです。

その女性は「ミトコンドリア イブ」と名付けられました。日本人も、イギリス人も、アメリカ人も、中国人も、ロシア人も、黄色人種も、白人も、黒人も、皆が「ミトコンドリア イブ」の子孫です。地球全体の歴史が46億年ですから、わずか15万年まで遡れば、世界中の人々はすべて共通の「おっかさま」に辿り着くのです。世界中の方々とは皆親戚同士なのです。皆同朋です。

 親族や親しい友人が亡くなった時には、葬儀や法事において、心からその冥福を祈ります。同じように、後ろ髪を引かれるように死んでいった無数の同朋達の冥福を祈るのが施餓鬼供養です。

あらゆるご縁、無数のお命のおかげで、今こうやって生きているという有り難さを知り、そのことに感謝して祈ることこそ、仏教という宗教です。

 しかも私たちは、突然この世に出現したわけではありません。ご先祖様から命のバトンを引き継ぎました。そのご先祖様方一人一人も又私たち同様、無数の命によって支えられてきました。ただ、縁のある御先祖様のお名前のすべてを知っている訳ではありません。

だから、例えば私で言えば、私に命のバトンを繋いで下さったすべての御先祖様の代表として、峯崎家先祖代々として供養しているのです。そして同時に、御先祖様を支えてくださった無数のお命に感謝してその冥福を祈り、ご供養するのが施餓鬼の先祖供養です。

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