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2011年8月 9日 (火)

『施餓鬼法要の現代的意義 ④』 Dr.Mineの仏教法話

 そして私たちが普段口にしている海産物だって例外ではありません。

一人一人の漁師さんの顔は知りませんが、三陸沖、気仙沼周辺の漁師の方々が海で漁をしてきた魚介類を食べています。そういう漁師の方々もまた、このたびの地震による津波で大勢亡くなっています。

また、今回の地震とは関係ありませんが、北方領土周辺で漁をしている漁師の方々は、ロシアの哨戒艇(しょうかいてい)に拿捕(だほ)されて強制連行された人は1万人近くいて、銃撃されて命を落とした方が30人にも及んでいます。そればかりではありません。

日本では、食料自給率は30%未満です。つまり七割以上は外国から輸入しており、それは魚介類も例外ではありません。世界でも有数の技術立国である日本ですら、時々海難事故が起こるのですから、外国、特に開発途上国であればもっとあるでしょう。外国人の海難事故は報道されませんから実体はわかりませんが、相当数にのぼるはずです。

そういう無数の命によって支えられて、私たちは海産物を手に入れているのです。

 また震災直後には、ガソリン不足で大騒ぎしました。石油ばかりではなく、多くの輸入品は船で運ばれます。世界の海は安全だと思いますか?ソマリア海域のように、自衛隊派遣をしなければならない程危険な海域もあり、海賊多発地帯を運行しなければならない船は、常に命の危険と隣り合わせです。

毎日船が通る運河もまた、多くの人々の犠牲の上に開通しています。たとえばスエズ運河は、15万人以上の犠牲の上に完成しました。パナマ運河も同様で、黄熱病やマラリヤで多くの人が犠牲になりました。日本国内も例外ではありません。物資を運搬する交通路、たとえばトンネルなども、過去においては多くの日本人の犠牲があったのです。

「多くのご縁によって生かされている」という言葉には、なんとなくほのぼのとした感じがありますが、実は重い現実に裏付けされているのです。無数の、犠牲を伴った縁によって、私たちの生活、生命は支えられているのです。

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