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2011年8月 9日 (火)

『施餓鬼法要の現代的意義 ①』 Dr.Mineの仏教法話

施餓鬼(せがき)法要の現代的意義について

―我が祖国が未曾有の大災害に見舞われたこの時こそ、施餓鬼の意義について考えるー

 平成23年3月11日、東日本大震災により三万人にもおよぶ方々の尊い命が失われました。そのため全国規模で、犠牲になられた方々のご冥福を祈る行事が行われています。そこで今回は施餓鬼(せがき)法要の現代的意義についてお話します。

 そもそも施餓鬼法要とは、悪道に堕ちて、飢餓(きが)に苦しむ餓鬼(がき)に施し、供養する法要をいいます。まずこの施餓鬼法要のいわれについてお話しします。これは『救抜焔口餓鬼陀羅尼経(きゅうばつえんくがきだらにきょう)』というお経に出てきます。

 お釈迦様の十大弟子の中に、お釈迦様の説法を最も多く聴聞され、多聞第一といわれた「阿難(あなん)」という僧侶がいました。この阿難が修行している時、焔口餓鬼(えんくがき)という一人の餓鬼がやってきました。この焔口餓鬼というのは、食べ物を口まで持って行くと、その食べ物がすべて炎を発するために食べることができないという苦しみを抱えた餓鬼です。この焔口餓鬼がこのように言います。

「阿難さん、貴男の命はあと3日ですよ。もし、もっと長寿をお望みならば、私のような餓鬼達の苦難をどうか救ってください。」

これを聞いて阿難は、こう返答します。

「私が短命である事には、別段驚きません。ただ、唯一心残りなのは、お釈迦(しゃか)様の臨終まで、お世話できない事です。」

阿難は、お釈迦様のところにいって相談しました。そこでお釈迦様は、餓鬼の苦しみをお救いするための法要を、多くのお弟子さん方を集めて執り行いました。おかげで阿難は長寿全うできました。これが施餓鬼会のはじまりといわれています。~続く

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