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2011年8月 9日 (火)

『施餓鬼法要の現代的意義 ⑥』 Dr.Mineの仏教法話

 施餓鬼供養には、もう一つの大事な意義があります。

日本人は千年以上前から、この施餓鬼供養を継続してきました。それは今回のような未曾有(みぞう)の災害や飢饉、戦乱がおこった時のみではなく、平和な時代でも施餓鬼供養を行っていました。平和な時代には平和な時代の意義があるため、伝統行事として永く、現代まで継続されてきました。

 実は日本人は、悪霊(あくりょう)が取りついて祟(たた)りをおこす事に、恐怖を感じる民族です。先ほど申し上げましたように、供養してくれる者のいない無縁の霊や祀る人のいない霊魂を餓鬼といいますが、こういう霊が、迷って悪霊、怨霊となり、祟りをおこすと信じられてきました。

そのため僧侶が、祟りの元となる可能性がある死者を、仏教の法力で弔ってきたのです。だから平和な時代でも毎年、無縁の霊や祀る人のいない霊魂を鎮めるために、施餓鬼供養を行ってきました。

 21世紀において「祟り」などある訳はないと、お笑いになるかもしれません。しかし現代においても、特にバラエティー番組では、除霊師や霊視ができる霊能者と自称する人達が出演して、高視聴率を獲得しています。この祟りに対する恐怖感は、日本民族の遺伝子に組み込まれたともいうべき宗教的弱点なのです。

 最近国学院大学の石井教授らが、平成の時代に育った一般学生対象におこなったアンケートでは、祟りを信じると答えた人がなんと50%以上もいました。霊視できる霊能者は、なんと80%以上の学生がいると思う、と解答しています。また路上などで、『悪い霊が憑いている』といわれて気になると答えた学生は全体で28%、特に女子学生は三分の一が悪霊を気にすると答えています。

中高年になるに従い、この割合は減少するでしょうが、それにしても祟りに対する恐怖感は、平成の時代に生まれ育った子供達の深層心理にもあるということです。

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