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2012年1月17日 (火)

『日本人として生きる』②  Dr.Mineの仏教法話

 焼け木杭に火が付いたというのでしょうかね。50歳の時、これ以上最前線で働くのは無理だと自覚して退職したはずなのに、魂が揺さぶられて、若い頃の自分が甦ってしまった。しかし結局は、そういう医者は用無しであるという現実を突きつけられました。

 どうして魂が揺さぶられたのでしょうか。それは結局私が、東日本で生まれ育った日本人だからだと思います。普段はそんなことなど意識していません。しかし今回のような大震災に遭遇すると、自分が日本人という集団に、特に東日本に生まれ育ったという集団に属しているという現実に意識が向くのです。

 人間は猿から進化しました。猿は群れで共同生活することにより、外敵から身を守ってきました。肉食獣に襲われてどうしても逃げ切れなくなった時には、群れの中の一匹が犠牲になって、群れの全体を守ってきました。私達の中に猿から進化したなごりが、どの程度あるのかはわかりませんが、人間にも、自分が属している群れ、集団が窮地に陥ると、魂が揺さぶられて命がけでその群れを守ろうとする本能がはたらくのではないでしょうか。それが職業に関連すると、顕著に現れるように思います。

 宮城県南三陸町に、遠藤未希さんという女性がいらっしゃいました。彼女は南三陸町の危機管理課に所属しており、あの日、3階建ての防災対策庁舎の2階で、地震発生直後から
「6メートルの津波がきます。避難してください。」
と住民に呼びかけ続け、多くの住民はその放送を聞いて避難しました。

しかし彼女自身は津波にのみ込まれて、わずか24年の人生を閉じてしまいました。ご両親や旦那様にしてみれば正直、たとえ卑怯者のそしりを受けてもいいから、職場を放棄して、逃げて欲しかった、生きていて欲しかったと思ったのではないでしょうか。しかし彼女は、南三陸町という集団の中にあって、その集団を守るために踏みとどまり、職務を全うして殉職しました。


 6月19日の読売新聞によれば、岩手、宮城、福島の3県の非常勤消防団員8万人のうち、岩手116人、宮城106人、福島27人の合計249人が、自治体の消防士は3県合計で27人、警察官は30人が、このたびの東日本大震災で殉職しました。彼らもまた、それぞれが住む地域の集団を命がけで守りました。

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