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2012年1月17日 (火)

『日本人として生きる』①  Dr.Mineの仏教法話

日本人に生まれ、日本人として生き、日本人として死に、そして日本人の仏になるということ

 平成23年3月11日14時46分、東日本は大地震に見舞われ、死者、行方不明者あわせて2万人にも及ぶ犠牲者を出しました。心よりご冥福をお祈り申し上げます。今回の震災で私は、体が揺さぶられ、魂まで揺さぶられ、自分が日本人であること、特に東日本に生まれ育ったということを強く意識させられました。

 茨城県古河市にある当山一向寺は、同じ茨城県内でもそれほど大きな被害ではありませんでした。しかしそうはいっても、本堂内のは損傷し、本堂前の大きなが倒壊しました。墓石にも被害が出ました。また境内の井戸は壊れ、庫裡の屋根瓦が落下し、壁もあちこちひび割れしました。そしてあの日、テレビに映し出された光景は、今まで見たことのない、想像を絶するものでした。

 人々の悲痛な叫び声を耳にしたとき、いてもたってもいられなくなりました。私の所属している内科学会、循環器学会から緊急メールがあり至急ボランティアの医師を募集するとありましたので、直ちに応募しようと思ったのですが、簡単にはいきません。

一向寺は、甚大ではありませんが、被災しましたので、その対処と檀家様方の安否確認をしなければなりません。平成22年10月に晋山式を厳修したばかりの新米住職にとっては、寺房の仕事を放り投げて長期間ボランティアに飛び出していく訳にもいきませんでした。

特に3月、4月、5月は寺房の予定が立て込んでおり、寺房を離れることのできるのは、友引を挟んだせいぜい3、4日程度。そこで期日指定で応募しました。しかしお声がまったくかかりませんでした。冷静に考えてみれば当然ですよね。5年前に内科の最前線から引退した医者が、他の医療スタッフも伴わず、単独で3-4日手伝いますといっても、相手側にすれば迷惑な話でしょう。

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