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2012年12月

2012年12月31日 (月)

歴代和尚様の廟所ができました!その2

 一向寺歴代住職御廟所(お墓のこと)が完成しました。場所は本堂南側の塀沿いです。
 一向寺は建治(けんじ)二年、一向上人儀空菩薩俊聖大和尚(いっこうしょうにんぎくうぼさつしゅんしょうだいかしょう)により建立されました。以来法灯は、現住職の第三十六世まで綿々と受け継がれました。
 開眼供養に先立ち、平成二十四年十一月八日に一向寺第三十四世桂光院其阿上人好学孝亮老和尚(けいこういんごあしょうにんこうがくこうりょうろうかしょう)の遺骨を分骨し、納骨供養しました。
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正面の名号碑(みょうごうひ)は、開山上人である一向上人儀空菩薩俊聖大和尚の筆と伝えられている南無阿弥陀仏(なむあみだぶつ)です。
また名号碑裏面には、一向上人が残された
四句偈頌(しくげじゅ)
四大自本空(四大もとより空)
五蘊假建立(五蘊仮に建立す)
寳號留所々(宝号を所々に留む)
名之謂一向(これを名付けて一向という)
が刻まれています。
Photo
一向寺歴代和尚廟所誌
開山一向上人以来歴代和尚の法名が記されています。第二十一世住職の法名が不明で、また阿号だけ、ないしは法名の一部しか判明していない住職もいますが、現時点で判明している過去の住職の法名すべてを刻みました。

なお第三十三世住職と第三十四世住職の間は、称名山西光寺住職であった要蓮社戒譽順阿上人一心孝純和尚が兼務住職をしていたので、その事も記しました。また、第三十四世より前の住職は戦前に亡くなっているので、旧漢字で表記しました。
Photo_2
開眼供養(かいげんくよう)の様子
一向上人は弘安十年(1287年)十一月十八日に御逝去されていますので、当山一向寺は以前から毎年、一向上人のお逮夜の日に開山忌法要を厳修(ごんしゅ)しています。そこで平成二十四年十一月十七日の開山忌法要前に、近隣の時宗寺院住職方に御幇助(ごほうじょ)いただき、一向寺歴代住職御廟所の開眼供養を厳修致しました。

当日は降水確率80%でしたので、傘を用意しましたが、幸いにも、開眼供養中は雨が降りませんでした。
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なお開眼供養には、五人の総代様方に、一向寺の檀家様を代表いたしまして、ご焼香を賜りました。また他のお世話人様方と一般の檀家様方には本堂内にて、時宗宗学林教授、長澤昌幸先生より、「一向上人について〜もう一人の宗祖の面影〜」というお題で法話を聞いていただきました。
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2012年12月12日 (水)

歴代和尚様の廟所ができました!その1

P1130294_4 2012年11月17日(土曜日) びょうしょ(祖先や貴人の霊を祭った場所。おたまや。みたまや。)というらしいですが、素晴らしい出来映えだと思いました。歴代の和尚様がひとつになり、更なるパワーの源泉となっているように感じます。

※当日の開眼供養で、住職が開眼表白読み上げているところです。








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