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2014年7月28日 (月)

終末期医療におけるスピリチュアルペインについて③

(3)時間存在の喪失に伴うスピリチュアルペインについて
 時間存在とは「今の自己の存在は、未来と過去によって支えられている」と定義されます。そしてその未来が失われたと感じた時にスピリチュアルペインを感じるのです。
 未来というのは何が起こるかわからないという要素を持っています。しかし私達は、何が起こるかわからないような未来を想定しているわけではありません。予定、予想、夢、希望、目標などを未来と認識しています。これらの未来には、必ずその前提となる過去の実績や体験があります。
例えば、Aという会社に就職した、営業部に配属されたという過去の実績から、取引先の人と会うという予定ができます。過去に接した看護師がとても頼もしく見えたという過去の体験から、私も看護師になりたいという夢、目標が生まれて、その未来を実現させるために、今のこの「時」を必死で生きているのです。もしその未来が何らかの原因で失われたとき、人は、今までの努力がふいになったと感じて絶望するのです。
 例えば、仕事中心で人生を送ってこられた方が、余命三ヶ月の末期癌であると判明した場合、半年先の仕事の完成はもちろんのこと、おそらく三ヶ月先の仕事の完成も眼にすることは不可能でしょう。三ヶ月先、半年先の完成を目指して必死に努力し、色々なものを犠牲にしてまでやってきた今までの日々。
これらがすべてふいになるのです。しかも余命三ヶ月の末期癌といっても、すぐに動けなくなるわけではありません。仕事は無理でも、一ヶ月ぐらいは身の回りのことができるぐらいの元気さがあります。しかし、仕事がすべてだった方にとっては、入院して仕事ができなくなると、「今、何をしたらいいのか」わからなくなります。余命が僅かなのに、今何もすることが見つからない、という苦悩が襲います。すると今度は、今までの「仕事の予定」という未来を作り出していた、頑張ってきた過去の実績や体験が無駄だったように感じられます。
「俺の今までの人生は何だったのだろうか」
これが時間存在の喪失に伴うスピリチュアルペインです。
 未来には少なからず「待つ」という要素が含まれます。特に夢や期待といった実現性のあまり高くない未来は、いつまで待てばよいのか分からないまま、待ち続けなければなりません。その結果、「いつまで待てばよいのか」「もう、待ちきれないよ」というスピリチュアルペインを呼び起こします。
完全回復を期待して入院してくる患者やその家族が、一ヶ月経っても、二ヶ月経ってもなかなかよくならない場合、「いつになったらよくなるのか」「いつになったら退院できるのか」という想いもまた、未来が失われたと感じる事によって生じる、時間存在の喪失によるスピリチュアルペインなのです。
 人はまた死を前にすると、今まで心の奥底に封印してきた過去の体験が甦ります。どうしてあの時、あんな事をして、あの人を傷つけてしまったのだろうか、という後悔が終末期の患者を苦しめます。それを直接謝ることができれば問題は解決しますが、相手がすでに死んでいたりすると、ことあるごとに思い出しては苦しむことになります。
 未来が失われたと感じることから生じるスピリチュアルペインに対する方策(スピリチュアルケア)としては、未来の再構築という方法があります。その一つが、意識を「近未来に固定する」というものです。
例えば余命三ヶ月の末期癌の患者の場合であれば、半年先の未来に生きる目標を据えるのではなく、近い未来に目標の変更をしていただくのです。明日は息子夫婦が孫を連れて来るから楽しみ、あさっては娘が大好きなうなぎを持ってきてくれるから楽しみ、という具合です。
 精神科医師フランクルは、ユダヤ人強制収容所経験をもっていますが、強制収容所では、クリスマスの後とか新年の後に死者が急増したと述べています。強制収容所内のユダヤ人は、クリスマスになると収容所から解放される、新年になると助けが来るといった、何の根拠もない期待を支えとして苦痛を堪え忍んでいた人が大勢いて、しかしクリスマスがきても新年が来ても何も変わらないという現実に絶望して死んでいったのだそうです。
彼は、未来がまったく見えない環境において、目先にある「無数の小さな問題にかかずらう」事で、絶望の淵からかろうじてしのいだと述べています。これはつまり「目先にある無数の小さな問題」という「近未来という今」に自らの意識を固定する事です。
 激しい苦痛というのは、実は「今」に縛り付けます。激痛の時には、未来にも、過去にも想いが巡りません。激痛に耐えるという「今」にすべてが固定されます。ですから、疼痛緩和治療というのは、患者さんに残された時間を有意義に過ごしていただくという利点もありますが、同時に「スピリチュアルペイン」を呼び起こす「間」を与えることにもなります。
 また人によっては、死後の世界という未来に望みを託すという方法で回復する人もいます。

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