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2014年7月18日 (金)

終末期医療と宗教について③

 以前何かの本に書いてあった話ですが、世の中にはおもしろいことを考える僧侶がいるもので、ポックリ観音なるものを建立して、参拝客を集めている寺院があります。
その中でも有名なお寺が奈良の方にあるらしく、ある旅行社が、ポックリ死にたいという高齢者を集めて、ポックリ観音参拝ツアーを企画したそうです。そうしたらびっくりする程の客が集まったそうです。無事に参拝して、帰路についている途中で、参拝客の一人がバスの中で突然気分が悪いと言い出して、そのうち意識がなくなってしまった。
旅行社はあわてて病院に搬送しましたが、結局帰らぬ人になりました。それで大騒ぎになったそうです。しかし、ほとんど苦しまずにあっという間に死んだのですから、これこそポックリ往生です。この観音様はまさに「霊験あらたか」ということになる。ところがこのツアーは、翌年から誰も応募しなくなったそうです。私はこの話を知って、大田南畝(おおた なんぽ)の狂歌を思い出しました。
「いままでは 人の事だと思ふたに 俺が死ぬとはこいつはたまらん」
今までは人ごとのように、どうせ死ぬならポックリ死にたいと思っていたからこのツアーにも楽しく参加したわけです。ところが実際に目の前でポックリ死んだ人をみたら、大田南畝がいうように、俺が死ぬとはこいつはたまらん、という気持ちになったわけです。
 実際に、母親にポックリ往生された友人の話です。その方は、夫婦、子供と母親の4人暮らしをしていました。あるとき、家族で旅行に行く話になり、お母様は「私が留守番しているから三人で行っておいで」といって笑顔で送り出してくれたそうです。午前10時に出発して、翌日の同じ10時に帰宅したら、そのお母様がこたつで倒れており、すでに死亡していました。
ほとんど苦しんだ様子もなかったそうです。いわゆるポックリ往生です。でも、実際に母親にポックリ亡くなられた友人は、後で相当悩むことになりました。何が原因でお袋は死んだのか、死ぬような病気があったのに、どうして俺は気づいてやることができなかったのか等々、ずっと後まで悩み続けました。彼があるとき、こう言いました。
「お袋が死んで、もうだいぶたつのに、お袋の亡くなる前日の顔と、こたつで死んでいた姿は今でも時々思い出すんだ。卒中で10年間寝たきりで死んだ親父の姿は、まったく思い出さないのに。」
 現役の内科医であった時、よく高齢の患者から、家族の者に迷惑がかかるから、できれば苦しまずにポックリ死にたい、と言われました。しかし、実際にポックリ死なれると、家族は後々まで引きずるものなのです。確かに病気になって入退院を繰り返して死んでいくことになれば、家族には大いに負担になる。でもそうやって、徐々に弱りながら、そして遂に最期の時を迎えるという死に方の方が、後に残る家族は「死を受け入れやすい」ものなのです。

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