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2014年7月27日 (日)

終末期医療におけるスピリチュアルペインについて②

(2)スピリチュアルペインについて
 スピリチュアルペインは、直訳すると「魂(たましい)の痛み」「霊的(れいてき)な苦しみ」ということになりますが、これでは意味がわかりません。結局、適当な日本語訳がないので、通常はカタカナで表示されます。
例えば、末期癌で余命三ヶ月と宣告された時、自分の人生は一体何だったのだろうか、後に残る妻や子供が幸せに暮らしていけるのだろうか、死んだらどうなるのだろうか、などといった数々の苦悩や不安が生じます。これらの苦悩を総称して、スピリチュアルペインといいます。終末期の患者はしばしば、このスピリチュアルペインに悩まされることになります。
 村田久行先生(京都ノートルダム女子大学教授)は、人間の苦しみは、その人の置かれている客観的状況と、その人の主観的な想い、願い、価値観などの「ずれ」によって生じる、そして幸せとはその「ずれ」が無くなることであり、苦しみとはその「ずれ」が大きくなることであるというのです。
昔から我々医師は、治療によって医療者が客観的に判断しても、また患者が主観的に判断しても「治癒した」ないし「回復した」という形を追い求めてきました。つまり、村田先生のいう「ずれがなくなる」状況を目指してきたのです。しかしホスピス・ケアが必要となった末期癌患者の場合、客観的には回復が見込めません。
そういう終末期の患者さんには、患者側の主観的な想い、願いを現状の客観的状況に沿ったもの変えてもらわない限り、苦しみを減じることができないのです。どれほど悲観的状況であろうとも、その客観的状況を受け入れてもらわなければなりません。例えば余命半年の末期癌患者が、もし自分が癌であることを知らされていなかった場合、一日でもはやく病気を治して職場復帰したいという主観的な希望をもちます。
しかし、日に日に病状が悪化していく現実を前に、「いつになったら治るのだ」「いつまで待てば職場に復帰できるのか」というスピリチュアルペインで苦しむことになります。ですから、ホスピス・ケアには、癌告知が前提となるのです。自分が癌であるという現実を受け入れる事が、苦しみに対するケアの第一歩になるからです。
 スピリチュアルペインは、何も病気だけに限って起こる訳ではありません。例えば突然会社をクビになった人が感じる、「会社のためにあれほど頑張ってきた自分の人生って、いったいなんだったのか」といった嘆きです。例えば愛する妻に先立たれた夫が、「自分は夫として妻に、いったい何をしてやれたのだろうか」という嘆きもまたスピリチュアルペインです。ですからこの概念は、医療界のみならず、宗教界、哲学界でも注目されています。
 人間は、特に意識しないような当たり前の事を、当たり前のように行う事で時間を埋めています。親子でも、夫婦でも、当たり前すぎて、まったく意識していない事も数多くあります。この当たり前のことを「自明(じめい)」といいます。死という現実を突きつけられると、自分が今まで当たり前にしてきた事、相手から当たり前のようにしてもらっていた事に意識が向くようになります。
そしてそれが、当たり前ではなくなった事に気づくのです。これを「自明性の崩壊」といいます。スピリチュアルペインがおこる状況下では、この自明性の崩壊がおこります。
 村田先生はスピリチュアルペインについて「自己の存在と意味の消滅から生じる苦痛」と定義しています。そしてこの「自己の存在」を、時間存在、関係存在、自律存在の三つに分けて、それぞれが消滅した、喪失したと感じた時にスピリチュアルペインが生じるといっています。

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