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2020年1月

2020年1月26日 (日)

ドクターミネの「老・病・死」を見つめる法話 第四回

 同級生が昨年、白内障の手術を受けた。手術のおかげで、どれほどよく見えるようになったかを聞かされたが、話の内容が思い出せないぐらいショックを受けた。七十代、八十代での白内障はよくある話だ。そもそも主な原因は加齢なので、六十代で白内障というのも決して稀ではないが、しかし自分がそういう年代になっているという現実を突きつけられると、微妙な気持ちになるのも事実だ。糖尿病は白内障を加速させるので、食事の量も最近気にし始めた。また紫外線が悪影響をもたらすことも知られているので、天気の良い日に外出するときには、極力サングラスをかけるようにしている。「遅かりし 由良の助」かも知れないが。

 住職も医師もいわば客商売である。だから気になるのは「臭い」である。汗の臭いや加齢臭などの体臭対策のために、洗剤や柔軟剤が多数販売されているし、テレビコマーシャルも盛んである。ただ、香料のきついものもあり、臭いを臭いで誤魔化している感じもする。客商売である以上、体臭対策も重要かもしれないが、それが過剰になると、心を病んでしまう。だから何事も「程々」がよい。ドクターミネは、「洗剤や柔軟剤の銘柄」にこだわるのではなく、下着やシャツは常に清潔なものを身につけるように、そして出来る限り毎日風呂に入るようにしている。

 しかし一番厄介なのは「口臭」である。住職になって妻から「口が臭い」と指摘を受ける。医師に時代は「口臭」を指摘されることはなかった。これは「口臭」がなかった訳では無く、誰も指摘しなかっただけのことであろう。「お前、口が臭いよ」という指摘は、仲の良い間柄でも気が引ける。医師を引退して住職になり、一日中妻と顔をあわせるようになると、容赦のない指摘に晒される。

 肝不全、腎不全の患者は、独特の口臭があり、その臭いを知っている内科医はすぐに気づく。しかし一番多い原因は口腔内にある。歯周囲炎(いわゆる歯槽膿漏)やう歯(虫歯)はまず治療する必要がある。ドクターミネは歯周囲炎が原因ですでに奥歯二本を失っていて、部分入れ歯となっている。失う前に気づけばよかったが、人間、そう都合良くはいかない。部分入れ歯は一日一回、専用の洗浄剤につけている。また食後、研磨剤の入っていない歯周囲炎対策用のハミガキと液体ハミガキの両方を使っている。口腔内は唾液によって、弱アルカリ性に保たれているが、食直後は酸性に傾くため、食直後よりも、少し時間をおいてから歯磨きする方がよいという。しかし待っているうちに歯磨きを忘れてしまう恐れがあるので、まずは液体ハミガキで口をすすぎ、その後に歯周囲炎対策用のハミガキでブラッシングして、最後に歯間ブラシを利用している。

 口呼吸による口腔内乾燥も口臭の原因になる。ドクターミネは小学生時代から、副鼻腔炎(いわゆる蓄膿症)を指摘され、何度か治療も受けた。この病気は、鼻の構造的問題や遺伝的問題が原因である場合、完治しない。だからドクターミネは、気長に通院して、耳鼻科医の治療を受けている。そのせいか、最近では妻から口臭に関する指摘が随分減った。鼻呼吸の有り難さも実感している。

 口腔内の乾燥は唾液分泌低下も原因になる。特にストレスがかかると、交感神経が優位となり、副交感神経が抑制された結果、唾液分泌が低下するし、胃腸の働きも抑制されて、いわゆる胃腸系が原因の口臭がおこる。しかし、普通に生きていれば、ストレスを完全に避けることなど不可能である。できる予防策としては、ヨーグルトや食物繊維の多い食品を食べて、腸内細菌にがんばってもらうぐらいのことであろう。ドクターミネは逆流性食道炎があるので、胸焼けを自覚している時には、大概妻から口臭を指摘される。だから胸焼けを感じるようなストレスのあるときには、なるべく他人と距離を置いて話をするようにしている。

2020年1月25日 (土)

ドクターミネの「老・病・死」を見つめる法話 第三回

 以前、ドクターミネの毒舌健康法で、減量について話をした。若い時分の減量には意味があるが、六十を過ぎてからの減量は、よくよく考えた方が良い。確かに膝や腰への負担は、体重が軽い方が少ない。しかし減量のために食事を制限すれば、脂肪より先に筋肉が落ちる。かといって、そもそも運動だけで痩せようとするのは無謀である。無理な運動で膝や腰を痛めたら元も子もない。

 病気になれば消耗戦となる。この消耗戦では、脂肪と筋肉は「エネルギーの蓄え」になる。いい年をして、イケメンだの美熟女だのという言葉に惑わされて、脂肪を目の敵にすることに意味があるのか否か、よくよく考えるべきであろう。一方、膝や腰を守るためには、減量だけでは不充分である。関節を支える周囲の筋肉を鍛える必要がある。そのためには、どのような運動が適しているのか、勉強する必要である。

 スポーツの場合、一番危険率が高いのは「ゴルフ」だと聞いた事がある。本当?と驚かれた諸兄もいるであろう。例えば武道は、指導者でもないかぎり、中高年以降はしないであろう。サッカー、ラグビーといったスポーツも、体力に相当自信のある中高年以外は無理である。そこへいくとゴルフは、いくつになってもできるスポーツというイメージがある。ろくに準備体操もせずに、真夏や真冬にクラブを振り回すから命を危険にさらすのである。頸椎や腰椎に椎間板ヘルニアのある人は、ゴルフやテニスは向かない。身体を回転させるようなスポーツは、ヘルニアを悪化させるからである。ドクターミネは現在特別なスポーツはしていない。朝夕の犬の散歩、境内掃除、外出時には意識して歩くように心がけている。しかも、携帯電話の機能を使い、一日どのくらい歩いたかを毎日記録している。

 若い時分の減量での食事制限は、空腹との闘いであった。しかし六十を過ぎると、以前より食欲が減退する。しかし食欲は、病気との消耗戦においては生命線となる。大病を患った時、生還できるか否かの重要な要素が食欲である。また長命の方々は、肉をよく食べるという。しかし「肉を積極的に食べれば長生きできる」というものでもない。そもそも毎日肉を食べても胸焼けしないような丈夫な胃袋と、パンクしないだけの丈夫な財布を持っている必要がある。肉を食べて、すぐに胸焼けするような胃袋しか持っていなければ、毎日肉を食べる気にはならない。

 ドクターミネは、空腹感を大切にしている。特に朝食と昼食は、空腹感を感じないかぎり、無理して食べない。理由は単純明快である。夕食での晩酌をおいしくいただくためである。「空腹は最大のごちそうである」という言葉は言い得て妙である。そして、昼酒は呑まないようにしている。学生の頃、昼食でそば屋にいくと、決まってカウンター席で、そばと天ぷらを食べながら、実においしそうに日本酒を呑む年寄りがいて、あの姿にあこがれていた。しかし内科医になれば、アルコール依存症(いわゆるアルコール中毒)の患者も診ることになる。彼らの多くは朝から酒を呑む。うまい、まずい、の次元ではない。ただただ朝から飲む。しかも尿を垂れ流しながらも呑む。あの強烈な光景は忘れられない。だからドクターミネは、昼からうまそうに日本酒を呑んでいた年寄りに憧れながらも、午後五時を過ぎるまで、決して飲まない。葬儀や法事の後で、お清めに呼ばれることもあるが、ウーロン茶以外は一切飲まない。ウーロン茶でお刺身を食べることにも慣れた。昼間のお清めでお酒を一切呑まないのは、もちろん仕事中ということもあるが、それよりも「アルコール中毒」に対する恐怖感からである。悪友ともいうべき酒と一生付き合っていくために、午後五時前には決して酒を呑まない、という自分のルールを破らないようにしている。

2020年1月24日 (金)

ドクターミネの「老・病・死」を見つめる法話 第二回

 吉田兼好(よしだけんこう)の『徒然草(つれづれぐさ)』第一五五段に、こういう言葉がある。

「死期はついでを待たず。死は前よりしも(きた)らず。かねて後ろに迫れり。人皆死あることを知りて、待つこと、しかも急ならざるに、覚えずして来る。沖の干潟(ひかた)(はる)かなれども、磯より(しお)の満つるが如し。」死は前方から堂々と迫ってくる訳ではなく、後ろにそっと忍び寄っている。どうせすぐにはやってこないだろうと高を括っていると、死は不意にやってくる。それはあたかも、干潟がずっと沖の方にあるように見えていたのに、気づいたら足下の磯から潮が満ちてくるようなものだ、と言っている。

 昨年の年賀状で、丸坊主の写真を送ってきた同級生がいた。抗がん剤治療中の写真とのこと。今年の年賀状では髪の毛があり、孫が生まれたと。これが生きているという現実なのであろう。

 現在、某大学病院緩和ケア科の非常勤医師なので、自分が末期癌になった場合のことを考えることもある。以前は循環器内科医であったが、心筋梗塞でポックリ死ねれば楽かも知れないが、そうはいかない。慢性心不全で入退院を繰り返すかもしれない。長生きしたいのは山々だが、九十才を超えた両親をみていると、色々考えさせられる。いずれにしても、死ぬ時、死に方、死ぬ場所ですら前もって決めておくことなどできない。しかも人に迷惑をかけないで死ぬことなど不可能である。たとえポックリ死んでも、後に残された者は大変な思いをする。かの大石内蔵助は吉良邸に討ち入る際、戦場に臨む武士の習いとして、四十七士に対して、自らが死者となったときの弔い代を、奥襟に縫い込むように指示したという。

 迷惑をかける程度は、今からの準備で軽減できるかも知れない。そこでドクターミネは、自らの身体を見渡してみて、一つ気になることを発見した。足白癬(はくせん)菌症(きんしょう)(水虫)である。しかも右拇指の爪まで白癬菌が及んでいる。介護が必要になれば、身体を他人に任せることになる。水虫の足など、誰も触りたくない。ましてや爪白癬菌症の爪など、誰が好きこのんで切ってくれようか。そこで昨年から、皮膚科専門医を受診して、爪白癬菌症の治療を開始した。抗真菌剤であるテルビナフィンを服用する前に、まず採血をする。この薬は副作用として、重篤な肝機能障害や血液障害を引き起こすことが知られているからである。ところが飲み始める前の採血で、軽度の肝機能障害が問題視され、内服に「待った」がかかった。そこで以前の採血データをすべて揃えて、服用前のデータが私にとっては特別ではないことを、受診予約日に説明した。そこで改めて一ヶ月間服用して採血をしたところ、肝機能データが服用前よりむしろ改善されているので、ようやく継続服用の許可が出た。軽度肝機能障害の原因は重々承知していたので、それを控えたまでのことである。

 これから一年以上、皮膚科に通院しなければならない。拇指の爪は手の爪よりのびるのが遅い。しかも白癬菌症に侵されるとなおさら遅くなる。白癬菌症でだめになった爪が完全に無くなるまで、薬を飲み続けなければならない。予約診療とはいえ、二時間以上は費やすし、急用ができれば予約を変更しなければならない。面倒と言えば面倒だが、悪いことばかりではない。今までは冬になると必ず、白癬菌症による足底のひび割れに悩まされていた。しかしテルビナフィンの服用のおかげで、ひび割れが生じなかった。考えてみると、日常生活の中で感じる幸不幸というのは、裏表の関係にあるのかもしれない。そこで、今年の一向寺掲示板の年頭には、次のように書いた。

「幸不幸はどうやら、絶対的なものではなく、微妙なバランスで成り立っているようだ。それはあたかも、太陽がもたらす大豊作にも似ている。」

2020年1月23日 (木)

ドクターミネの「老・病・死」を見つめる法話 第一回

 ドクターミネも満六十二歳になった。「ドクターミネの毒舌健康法話」は、平成三十年秋彼岸号まで六十二回連載してきた。このコーナーを引き受けた頃は、四十代の現役内科医師で、健康法話はいくらでも書けると思っていた。血圧を測るたびに一喜一憂する愚かさを、からかってやろうという気持ちから、第一回目は血圧について書いた。たばこの害について講演する機会があり、それをきっかけに、たばこについて書いたら、ある愛煙家のご老僧から「君が余計な事を書くから、妻にしかられた」と笑いながら言われたこともあった。たばこの害だけ取り上げて、アルコールの害に目をつぶるのは公平ではないので、アルコールについても書いた。毎年三万人以上の自殺者が問題になっていたこともあり、その原因となる疾患「うつ」についても、また緩和ケア病棟で問題となるスピリチュアルペインについても連載した。胃瘻のことで相当悩んだ、という檀家の話をきっかけに、胃瘻を含めた終末期医療についても連載した。しかし、常勤の内科医をやめてすでに十二年、非常勤の内科医をやめて二年になる。

 かつては「患者からのまなざし」になんとか応えようと努力する医師であった。しかし現在は、自分が患者となり、「患者からのまなざし」を送る側になっている。確か昭和の終わりに修得した、総合内科専門医を昨年辞退し、平成の初めに修得した、循環器専門医を今年辞退した。この現状を鑑みれば、いつまでも偉そうに「毒舌健康法話」など、書き続けてよい訳はない。

 一方で、自分が患者になって、つまり「診る側」から「診てもらう側」になって色々と気づいたこともある。また住職になって十年になるが、檀家と話をしていると、自分が医師の時代、終末期にある患者の家族に充分説明してきたと思っていたが、実はあまり伝わっていなかった事にも気づいた。「あの時の私達の決断は間違いなかったのですね、しかたがなかったのですね」と涙ながらに同意を求められると、なおさらである。

 「ドクターミネの毒舌健康法話」を書き始めた頃に比べると、歯も二本抜け、老眼になり、耳も遠くなった。ちょっとした段差にもつまずく。しかし悪いことばかりではない。あの頃に比べて、一日、一日が愛おしく感じられるようになったし、人生を噛みしめる力というものがあるならば、あの頃よりも確実に、その噛みしめる力は増しているようにも思う。

 そこで今後のドクターミネの健康法話は、「老・病」を見つめる法話に変更しようと思う。当然その先には「死」がある。いつまで続けられるかわからないが、思いつくまま、気の向くまま書くことを許していただける間は、書き続けようと思う。

 最近意識していることだは、階段の上り下りに関して、上りよりも下りに注意をしている。まずは平地を歩く場合を考えてみる。右足を一歩前に出すためには、右足をいったん宙に浮かせなければならず、着地するまでの間は、左足一本に全体重がかかることになる。そして着地と同時に右足は、前方に進むための慣性力を受け止めなければならない。階段を上る場合、自然落下しようとする身体とは逆の方向に動くので、身体を持ち上げるための筋力が必要となる。ただ、身体が前のめりになるので、階段と目の距離が近くなり、危険も察知しやすい。もしつまずいても、すぐに手がつけるので、防御態勢がとりやすい。しかし階段を下りる場合はそうはいかない。身体は自然に落下するので、その落下に対する慣性力と全体重を、着地する足が受け止めなければならない。しかも階段と目の距離が離れるため、年を取って目が弱ってくれば、危険を察知しにくくなる。もしつまずきでもすれば……。ドクターミネは、駅の階段の場合、筋力維持のために、上りは積極的に階段を利用するが、下りはエスカレーターを利用するか、なければ手すりを利用することにしている。

2020年1月 1日 (水)

一向寺 年間予定表

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令和7年 一向寺 年間予定

 1月1日ー1月4日 修正会(本堂)

 3月17日—3月23日 春彼岸供養

 5月24日(第四土曜日) 大施餓鬼会法要

 7月13日—7月16日 東京、埼玉、神奈川一部の盆供養

 (新盆供養のお宅には棚経のため14日に住職が伺います。)

 8月13日—8月16日 盂蘭盆会供養(盆供養)

 (13日が仏様のお迎え、16日がお送りです。新盆供養のお宅には棚経のため、

  14日(市内)、15日(地区外)に住職が伺います。)

 8月22日(金曜日)新盆施餓鬼会法要(新盆の仏様のいる檀家様対象)

 9月20日—9月26日 秋彼岸供養

 11月17日(月曜日) 開山忌法要

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駐車場のおしらせ

 一向寺の二大行事、大施餓鬼会法要と開山忌法要にお車でお越しの際には、一向寺西門から入って、本堂裏側の多目的広場に駐車してください。ただし、駐車可能な台数にも限りがありますので、できるだけ乗り合わせや公共の交通機関でお越しいただければ幸いです。

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年回法要(一向寺本堂内に故人のお名前が掲示してありますので、ご確認ください)

 一周忌:  令和6年

 三回忌:  令和5年

 七回忌:  平成31年、令和元年

 十三回忌: 平成25

 十七回忌: 平成21

 二十三回忌:平成15

 二十七回忌:平成11

 三十三回忌:平成5

 (三十七回忌:昭和64年)、平成元年

 (四十三回忌:昭和58年)

 ((四十七回忌:昭和54年)

 五十回忌: 昭和51年

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