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2020年1月24日 (金)

ドクターミネの「老・病・死」を見つめる法話 第二回

 吉田兼好(よしだけんこう)の『徒然草(つれづれぐさ)』第一五五段に、こういう言葉がある。

「死期はついでを待たず。死は前よりしも(きた)らず。かねて後ろに迫れり。人皆死あることを知りて、待つこと、しかも急ならざるに、覚えずして来る。沖の干潟(ひかた)(はる)かなれども、磯より(しお)の満つるが如し。」死は前方から堂々と迫ってくる訳ではなく、後ろにそっと忍び寄っている。どうせすぐにはやってこないだろうと高を括っていると、死は不意にやってくる。それはあたかも、干潟がずっと沖の方にあるように見えていたのに、気づいたら足下の磯から潮が満ちてくるようなものだ、と言っている。

 昨年の年賀状で、丸坊主の写真を送ってきた同級生がいた。抗がん剤治療中の写真とのこと。今年の年賀状では髪の毛があり、孫が生まれたと。これが生きているという現実なのであろう。

 現在、某大学病院緩和ケア科の非常勤医師なので、自分が末期癌になった場合のことを考えることもある。以前は循環器内科医であったが、心筋梗塞でポックリ死ねれば楽かも知れないが、そうはいかない。慢性心不全で入退院を繰り返すかもしれない。長生きしたいのは山々だが、九十才を超えた両親をみていると、色々考えさせられる。いずれにしても、死ぬ時、死に方、死ぬ場所ですら前もって決めておくことなどできない。しかも人に迷惑をかけないで死ぬことなど不可能である。たとえポックリ死んでも、後に残された者は大変な思いをする。かの大石内蔵助は吉良邸に討ち入る際、戦場に臨む武士の習いとして、四十七士に対して、自らが死者となったときの弔い代を、奥襟に縫い込むように指示したという。

 迷惑をかける程度は、今からの準備で軽減できるかも知れない。そこでドクターミネは、自らの身体を見渡してみて、一つ気になることを発見した。足白癬(はくせん)菌症(きんしょう)(水虫)である。しかも右拇指の爪まで白癬菌が及んでいる。介護が必要になれば、身体を他人に任せることになる。水虫の足など、誰も触りたくない。ましてや爪白癬菌症の爪など、誰が好きこのんで切ってくれようか。そこで昨年から、皮膚科専門医を受診して、爪白癬菌症の治療を開始した。抗真菌剤であるテルビナフィンを服用する前に、まず採血をする。この薬は副作用として、重篤な肝機能障害や血液障害を引き起こすことが知られているからである。ところが飲み始める前の採血で、軽度の肝機能障害が問題視され、内服に「待った」がかかった。そこで以前の採血データをすべて揃えて、服用前のデータが私にとっては特別ではないことを、受診予約日に説明した。そこで改めて一ヶ月間服用して採血をしたところ、肝機能データが服用前よりむしろ改善されているので、ようやく継続服用の許可が出た。軽度肝機能障害の原因は重々承知していたので、それを控えたまでのことである。

 これから一年以上、皮膚科に通院しなければならない。拇指の爪は手の爪よりのびるのが遅い。しかも白癬菌症に侵されるとなおさら遅くなる。白癬菌症でだめになった爪が完全に無くなるまで、薬を飲み続けなければならない。予約診療とはいえ、二時間以上は費やすし、急用ができれば予約を変更しなければならない。面倒と言えば面倒だが、悪いことばかりではない。今までは冬になると必ず、白癬菌症による足底のひび割れに悩まされていた。しかしテルビナフィンの服用のおかげで、ひび割れが生じなかった。考えてみると、日常生活の中で感じる幸不幸というのは、裏表の関係にあるのかもしれない。そこで、今年の一向寺掲示板の年頭には、次のように書いた。

「幸不幸はどうやら、絶対的なものではなく、微妙なバランスで成り立っているようだ。それはあたかも、太陽がもたらす大豊作にも似ている。」

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