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2020年7月

2020年7月24日 (金)

コロナ時代の施餓鬼法要

令和2年5月23日(第四土曜日)大施餓鬼会法要

令和二年度の一向寺大施餓鬼法要は、新型コロナウィルス感染症(COVID-19)大流行による、緊急事態宣言が正式に解除される2日前の523日に修行したしました。

 本来、大施餓鬼法要は、伝染病、飢饉、戦乱などの原因で、亡くなられた大勢の方々の鎮霊、慰霊を目的に行われてきましたので、まさに今年はそういう意味でも重要な年といえます。修行にあたり、一向寺が二次感染の場にならないような配慮が必要ですが、今までこのような経験がまったくなかったので、出来る限り「三密」をさける方針で修行しました。

 写真1のように、檀家様方は本堂には入堂せず、境内にて、なるべく間隔を空けてお待ちいただきました。また焼香台は、本堂入り口前に設置し、階段昇降に関しては、右側上り、左側下りと分けるために、カラーコーンを置き、並ぶ際もそのカラーコーンの位置に並んでいただきました。

 卒塔婆は、写真2のように、卒塔婆置き場を境内内に設置しました。また、お世話人様方には一向寺袢纏を着用し、マスクと、一向寺が用意したフェイスシールドを着用していただきました。

 実際の法要は写真3のように、本堂内は僧侶だけとし、お手伝いいただいた3人の時宗僧侶には、マスクの代わりに、フェイスシールドをつけていただきました(マスクでの読経は結構不便なので)。

 法要の中で卒塔婆を供(くう)じた後、卒塔婆を本堂から境内内の卒塔婆置き場に移動し、一般の檀家様方には、写真4のように、本堂前でお焼香をしていただきました。その後、境内墓地の方は卒塔婆を外で受け取り、院外墓地の方は翌日、それぞれの墓地に卒塔婆を取りに行っていただきました。 

写真1Photo_20200724162101

写真2Photo_20200724162201

写真3

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2020年7月22日 (水)

ドクターミネの「老・病・死」を見つめる法話 第八回

 令和二年七月にこの原稿を書いている。新型コロナウィルス感染症は終息どころか、東京ではまだ二百人以上の新規感染者が出ている。不要不急の外出を控える「巣ごもり」を勧められているが、ドクターミネも現役医師の足を引っぱらないように「巣ごもり」実行中である。自宅にいても「リモートワーク」で働かなければならない現役世代ならいざ知らず、引退世代であるドクターミネにとっての「巣ごもり」は、まさに「断捨離」「大掃除」の一大チャンスである。「捨てる」という決断は「思い出を断ち切る」という意味でもある。医学生・研修医時代に愛用した本は思い出一杯だが、今となっては実用的な価値はない。ましてや内科医を引退した身であればなおさらである。しかしそれでも「捨てる」となれば、思い切りがいる。また、一度も開いていない本や、かつて趣味で収集した品々などを、処分をするか否かという問題にも直面する。「今まで一度も読んでいない本なんか、将来読むことなんて絶対にないわよ」と妻に言われれば、なおさら捨てられなくなる。そんな思いと格闘しながら、まずは「捨ててもよい物」と「絶対に捨ててはならない物」とを仕分けし、即決できない物はしばらく手元に置き、スペースの様子を見ながら最終決断をするようにした。本は町内の「資源ゴミ」収集場所にもっていった。考える事はみな同じようで、五月の連休あけには、収集場所が大量の本であふれかえっていた。

 

 大掃除は、お宝発見の場でもある。庫裡の大掃除で、祖父が大事にしていた写真を二枚発見した。その一枚は、大正九年十二月二十八日に一向寺第三十四世住職となった、当時満二十一歳の祖父峯崎孝亮の晋山式の写真である。祖父の向かって右隣には曾祖父の孝純が、祖父の向かって左上には曾祖母のスミが写っていた。そしてもう一枚の写真は、明治十五年に時宗一向派大本山八葉山蓮華寺の法主となった、高祖父峯崎成純であった。現在は、どちらもスキャナーで取り込んで拡大し、本堂に掛けている。高祖父が、法主となって滋賀に旅立つ記念に写したもののようだ。拡大してみるとその口元は、歯周囲炎のために前歯を失っていたと思われる写真であった…。

 

 話は少しそれるが、我が家の二頭の犬は、口にくわえると「ピコピコ」という音がする玩具が大好きである。二頭が競争で奪い合う。なぜこんな物が好きなのか、不思議でならなかった。大掃除をしていて、同じような「不思議さ」を、かつての自分に感じた。あの頃の私は、どうしてこのような物にこだわり、収集したのだろうか。結局一度も開かなかったこの本を、どうしてあの頃は、購入しようと思ったのだろうか。確かにあの頃は、それを手にしたときには嬉しかったはずなのだが。これは結局、私という存在が無常である、という証拠なのであろう。仏教で言う無常とは、日本人が大好きな無常観、つまり『平家物語』の冒頭にある、「祇園精舎の鐘の声 諸行無常の響きあり」とは、少々異なる。すべてのものは、そのまま同じ状態で存在し続けることはできない、ということである。「パパ大好き」といって頬にキスをしてくれた娘が、いつの間にか「親父、うざい」と言うようになる。あの頃の私があれほど欲しくてたまらなかった物が、今ではどうでもいいような物にみえる。これが無常である。かつての患者の言葉を思い出す。

 

「私は戦時中、偵察機に乗っていました。戦艦大和の最後の出撃も、機上から見送りました。あの頃は出撃すると、必ず何機かは打ち落とされていたので、出撃する時はいつも、今度こそ俺が戦死する番だ、と思って飛び立ちました。でも不思議と一度も、死ぬのが怖いと思った事がありませんでした。でも今、七十を過ぎて先生の外来に通うようになって、死ぬのが怖いんです。」

 無常なのは身体だけではない。心もまた無常なのであろう。

 

2020年7月21日 (火)

ドクターミネの「老・病・死」を見つめる法話 第七回

 新型コロナウィルス感染症(COVID-19)大流行のため緊急事態宣言が出された、令和二年四月にこの原稿を書いている。一番衝撃を受けたのは、同い年の女優、岡江久美子氏が本病で亡くなられたことである。皆様方がこの記事を目にするお盆までに、終息するとは思えない。各地で医療崩壊が起こり『遊行』を読むどころではないという状況を危惧している。いや、ドクターミネ自身が感染して、「お浄土の人」になっているかもしれない。内科医としてはもはや、何のお役にも立たない老兵である小衲は、現役医療者が、燃え尽きないように毎日祈っている。弓の弦が張りすぎれば、最後は断裂してしまうように、緊張状態が続けば、遂には燃え尽きてしまう。一度燃え尽きてしまうと、そこから復活するまでに相当の時間を要する。場合によっては、一生医療者として、職場に復帰できなくなる人さえいる。

 

 現場の医療者は、ただ「目の前の患者」のために己を奮い立たせる。医師としての矜恃、看護師としての誇り、PCR検査は私達にしかできない、という検査技師の強い責任感で、最前線に踏みとどまっている医療関係者によって、現場が支えられている。しかも彼らには家族がいる。自らの身を守ることは、家族の身を守ることであり、それが同時に患者の身を守ることにもつながる。そのための防護服や医療用マスクがここに来て、底をついているという。このままでは、ぎりぎりのところで頑張っている勇士を、丸腰で最前線に立たせることになる。この問題だけは、最優先で解決しなければならない。

 

 新型コロナウィルスとの闘いは「戦争」にもたとえられている。戦争で思い出した事がある。第一次世界大戦を終戦に導いた陰の立て役者は、「スペイン風邪」と呼ばれたインフルエンザであった。もちろん日本も例外ではなく、推定患者数二千万人が罹患し、二十五万人が死亡したという。新型コロナウィルスは中国武漢から世界中に拡散したが、「スペイン風邪」と呼ばれたインフルエンザの発生起源には諸説あるようだ。

 

 この大戦に軍医として参戦したアルフレッド・アドラーは、戦争体験から「共同体感覚」という概念を提唱した。彼は「人生の意味は全体への貢献である」「私に価値があると思えるのは、自分の行動が共同体にとって有用であるときである」という。例えばドクターミネの場合「古河市民」「茨城県民」「日本国民」といった「地域」という共同体の中にいる。アドラーがいうように、私が所属している共同体の一員として、特にこのウイルス禍の状況の中で、私に価値があると思えるような有用な行動とは何か。誰もが賞賛するような積極的な有用行動など、期待すべくもない。畢竟、消極的な方法ではあるが、コロナウィルスに罹患しないための行動をとる、これに尽きるであろう。小衲が罹患すれば、ぎりぎりで頑張っている現役内科医の足を引っぱることになる。周囲の人にウイルスを拡散すればなおさらだ。住職としての仕事ができなくなれば、それを代務する方々にも負担をかける。「私、昔のようにガーゼでマスクを作って、それをしているの」とおっしゃる檀家の高齢婦人がいた。マスクがないと嘆くぐらいなら、作ればいい。手洗いを徹底し、「三密」環境を避ける。当たり前のことを、継続して実行するのは決して容易なことではないが、現在の小衲にとっては、共同体の一員としての、唯一無二の有用な行動は、その当たり前のことを実行する事、それこそが私の存在価値なのであろう。

 

 来年は、延期になった東京オリンピックをぜひ開催してほしい。今こそ、「共同体の一員」としての自覚を持ち、その共同体に対して有用な行動を意識する必要に迫られている。それは大それた事ではない。「ほしがりません、コロナが終息するまでは」に尽きるのかも知れない。

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