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2020年7月22日 (水)

ドクターミネの「老・病・死」を見つめる法話 第八回

 令和二年七月にこの原稿を書いている。新型コロナウィルス感染症は終息どころか、東京ではまだ二百人以上の新規感染者が出ている。不要不急の外出を控える「巣ごもり」を勧められているが、ドクターミネも現役医師の足を引っぱらないように「巣ごもり」実行中である。自宅にいても「リモートワーク」で働かなければならない現役世代ならいざ知らず、引退世代であるドクターミネにとっての「巣ごもり」は、まさに「断捨離」「大掃除」の一大チャンスである。「捨てる」という決断は「思い出を断ち切る」という意味でもある。医学生・研修医時代に愛用した本は思い出一杯だが、今となっては実用的な価値はない。ましてや内科医を引退した身であればなおさらである。しかしそれでも「捨てる」となれば、思い切りがいる。また、一度も開いていない本や、かつて趣味で収集した品々などを、処分をするか否かという問題にも直面する。「今まで一度も読んでいない本なんか、将来読むことなんて絶対にないわよ」と妻に言われれば、なおさら捨てられなくなる。そんな思いと格闘しながら、まずは「捨ててもよい物」と「絶対に捨ててはならない物」とを仕分けし、即決できない物はしばらく手元に置き、スペースの様子を見ながら最終決断をするようにした。本は町内の「資源ゴミ」収集場所にもっていった。考える事はみな同じようで、五月の連休あけには、収集場所が大量の本であふれかえっていた。

 

 大掃除は、お宝発見の場でもある。庫裡の大掃除で、祖父が大事にしていた写真を二枚発見した。その一枚は、大正九年十二月二十八日に一向寺第三十四世住職となった、当時満二十一歳の祖父峯崎孝亮の晋山式の写真である。祖父の向かって右隣には曾祖父の孝純が、祖父の向かって左上には曾祖母のスミが写っていた。そしてもう一枚の写真は、明治十五年に時宗一向派大本山八葉山蓮華寺の法主となった、高祖父峯崎成純であった。現在は、どちらもスキャナーで取り込んで拡大し、本堂に掛けている。高祖父が、法主となって滋賀に旅立つ記念に写したもののようだ。拡大してみるとその口元は、歯周囲炎のために前歯を失っていたと思われる写真であった…。

 

 話は少しそれるが、我が家の二頭の犬は、口にくわえると「ピコピコ」という音がする玩具が大好きである。二頭が競争で奪い合う。なぜこんな物が好きなのか、不思議でならなかった。大掃除をしていて、同じような「不思議さ」を、かつての自分に感じた。あの頃の私は、どうしてこのような物にこだわり、収集したのだろうか。結局一度も開かなかったこの本を、どうしてあの頃は、購入しようと思ったのだろうか。確かにあの頃は、それを手にしたときには嬉しかったはずなのだが。これは結局、私という存在が無常である、という証拠なのであろう。仏教で言う無常とは、日本人が大好きな無常観、つまり『平家物語』の冒頭にある、「祇園精舎の鐘の声 諸行無常の響きあり」とは、少々異なる。すべてのものは、そのまま同じ状態で存在し続けることはできない、ということである。「パパ大好き」といって頬にキスをしてくれた娘が、いつの間にか「親父、うざい」と言うようになる。あの頃の私があれほど欲しくてたまらなかった物が、今ではどうでもいいような物にみえる。これが無常である。かつての患者の言葉を思い出す。

 

「私は戦時中、偵察機に乗っていました。戦艦大和の最後の出撃も、機上から見送りました。あの頃は出撃すると、必ず何機かは打ち落とされていたので、出撃する時はいつも、今度こそ俺が戦死する番だ、と思って飛び立ちました。でも不思議と一度も、死ぬのが怖いと思った事がありませんでした。でも今、七十を過ぎて先生の外来に通うようになって、死ぬのが怖いんです。」

 無常なのは身体だけではない。心もまた無常なのであろう。

 

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