2024年2月
        1 2 3
4 5 6 7 8 9 10
11 12 13 14 15 16 17
18 19 20 21 22 23 24
25 26 27 28 29    
フォト
無料ブログはココログ

ウェブページ

« 令和3年度 一向寺開山忌法要法話 | トップページ | ドクターミネの「老・病・死」を見つめる法話 第十三回(令和4年正月) »

2021年12月31日 (金)

ドクターミネの「老・病・死」を見つめる法話 第十二回(令和3年秋彼岸)

 新型コロナウィルス感染症大流行の中、今年の『遊行』正月号で、ドクターミネの研修医時代の師匠であるH教授(愛称おっさん)の訓戒を紹介した。7月にその師匠から暑中見舞いをいただいたので、改めて師匠の「おっさん」の訓戒を思い出した。

「治療に関するポリシー(方針)を示せ。ロジック(論理)を示せ。例えば、血圧が低下した理由は○○だと判断して、昇圧剤を投与しました、といった程度のロジックでもいい。ロジックを示せば、そのロジックの展開に誤りがあれば、誤りを正してやることができる。しかし単に、血圧が下がったから昇圧剤を投与しました、と答える馬鹿者に、私は何を教えればいいのか。」

 この訓戒の重要さを、後々嫌だという程実感する場面に遭遇した。

ようやくワクチン接種が軌道に乗り始めたというのに、その足を引っ張るような、デマ情報を流す輩がいる。情報の「匿名性」の最大の問題点と言える。例えば、ワクチン接種によってコロナに感染するという情報は誤りである。mRNAワクチン(ファイザー製、モデルナ製)にしても、ウィルスベクターワクチン(アストラゼネカ製)にしても、コロナウィルス自体を接種する訳ではないので、ワクチンでコロナに感染することはあり得ない。「コロナワクチン接種が原因でコロナに感染することはあり得ない」と断じることができるのは、医学的論拠が無いからである。「おっさん」の口癖だった、ロジックの展開には、必ずその論拠、つまり「なぜそうなのか」という理由が必要である。論拠(理由)が明らかでない情報は、デマ情報だと考えて良い。「人からこう聞いた」とか「ネットで皆がこう言っている」的なものは論拠にはならず、あてにならない。信じて良い情報か否かを自分で判断できなければ、主治医の先生に尋ねるのが最良の方法であろう。

ただワクチン接種の場合、副反応は体験できても、その効果は実感しにくい、という問題点がある。ドクターミネは二回目接種の一日後、接種部位の痛みとだるさを感じた。現在コロナに感染していないが、それは、ワクチンのおかげで感染していないのか、それともたまたま感染の機会が無かっただけなのかがわからない、ということである。この、副反応は体験できても、その効果は実感しにくい、という問題が、ワクチン接種を躊躇する人達を生み出す事になる。カーネマンらが提唱した「プロスペクト理論」は、同じ程度の利益と損失では、損失の方を重く受け止める、という理論だ。ワクチン接種による利益(感染予防)と損失(副反応)では、常識的には利益が圧倒的に大きいにもかかわらず、ごくごく稀におこる重大な損失(副反応)に怯えて「ワクチン接種をしない」人も結構いると聞く。しかも、ひとは経験したことのないような危険や脅威を過小評価するという正常性バイアスも働く。テレビ報道で、感染者数がこれ程増加したと大騒ぎしても、周囲に感染者がいなければ危機感がわかず、「どうせワクチン接種しなくても、私は感染しないだろう」と思ってしまうのである。しかし現在大流行しているデルタ株の新型コロナウィルスは、感染力も毒性も、以前の株に比べて強くなっている。もし感染して発症すれば、命の危険に晒されるのは自分だけではない。たとえ命をとりとめても、高率で後遺症に悩む事になる。

 最後に、九十歳になる師匠「おっさん」からの手紙を紹介する。

「繰り返す新型コロナ感染拡大も第五波となり、仲々科学的対策が進展しない混迷に、無責任な指導者達と倫理のない社会を感じています。お笑い中心のメディアも、眞面目なリベラルアーツを或いはクラシックの本質を駆逐して、義務教育の本質を教育していない結果と思はれます。先生のような宗教家の活躍が期待されます」

師匠、不肖の弟子に大それた期待をかけていただいても…。

« 令和3年度 一向寺開山忌法要法話 | トップページ | ドクターミネの「老・病・死」を見つめる法話 第十三回(令和4年正月) »

コメント

コメントを書く

(ウェブ上には掲載しません)

« 令和3年度 一向寺開山忌法要法話 | トップページ | ドクターミネの「老・病・死」を見つめる法話 第十三回(令和4年正月) »