2024年2月
        1 2 3
4 5 6 7 8 9 10
11 12 13 14 15 16 17
18 19 20 21 22 23 24
25 26 27 28 29    
フォト
無料ブログはココログ

ウェブページ

« 2021年12月 | トップページ | 2023年1月 »

2022年6月

2022年6月14日 (火)

令和4年度大施餓鬼法要の様子

 令和4527日夜半の突然の雷雨、強風のため、大施餓鬼法要を修行した528日は、檀家様にお手伝いいただきながら、早朝から境内の掃除から始まりました。幸いなことに、当日の天気は良好でした。新型コロナウィルス感染症(COVID-19)が未だ収束していない状況を鑑み、昨年同様、出来る限り「三密」をさける方針で、檀家様方には、境内での法要参加といたしました。

法話の講師は、現場の最前線で、新型コロナウィルス感染症を診療されている、佐野厚生総合病院副院長、井上卓先生にお願いしました。

法要も昨年同様、住職と随喜僧侶のみが本堂で法要を行ない、焼香台は、本堂入り口前に設置し、階段昇降は、右側上り、左側下りと分けるために、カラーコーンを置き、並ぶ際もそのカラーコーンの位置に並んでいただきました。

 法要の中で卒塔婆を供(くう)じた後、卒塔婆を本堂から境内内の卒塔婆置き場に移動し、お焼香後は、境内墓地の方は卒塔婆を外で受け取り、院外墓地の方は翌日、それぞれの墓地に卒塔婆を取りに行っていただきました。

 写真1は、大施餓鬼法要前の様子です。急に真夏の暑さとなったため、急遽テントを用意しました。また木陰となる紅葉の木に椅子を、また梅の木の下に椅子と縁台を移動し、そこにお座りいただきました。
1_20220708174001
写真1

 写真2は、井上卓先生が実際に講演されている様子です。猛暑対策のため、「朱傘」に下で講演していただきました。

2_20220708173101

写真2

2022年6月13日 (月)

新型コロナウイルス感染症を診療して感じること

令和4年5月28日 一向寺大施餓鬼法要 法話資料

厚生総合病院
 内科 副院長 井上 卓(たかし)氏

新型コロナウイルス感染症を診療して感じること


ダウンロード - e4bba4e5928c4e5b9b45e69c8828e697a5e38080e6b395e8a9b1e9858de4bb98e8b387e69699e7b0a1e69893e78988.docx

※公開の許諾を得ております。

2022年6月12日 (日)

ドクターミネの「老・病・死」を見つめる法話 第十五回

 コロナ禍のための外出自粛で、寺坊にこもる時間が多くなったことを利用して、二年掛で、難解で知られる西田幾多郎(にしだきたろう)先生の哲学を、小坂国継(こさかくにつぐ)先生の解説を頼りに格闘した。西田先生は、宗教の問題は我々が、自己矛盾的存在であることを自覚した時、我々の「自己存在そのものが問題」となる時に生じるのだという。そして自己存在の根本的な自己矛盾の事実は「死の自覚」にあるともいう。つまり宗教の問題は、価値の問題でもなく、より良く生きるため、というのはあくまで二次的な問題だという。死を前にして、自己存在が否応なく揺れ動くことによって生じる苦しみをスピリチュアルペインという。この苦しみについては、八年前の平成二十六年『遊行』お盆号から平成二十七年『遊行』お盆号まで「ドクター・ミネの毒舌健康法話」で説明した。例えば、仕事人間だった方が、自分の仕事を人に認めてもらうことに、生きがいを感じていたのに、死を目前にして、人生を振り返った時、自己矛盾的に、

「今までの俺の人生は、全く意味がなかったのではないか」

といった嘆きが生じる。これがスピリチュアルペインである。

 
 スピリチュアルペインは、終末期の癌患者が入院する、緩和ケア病棟でしばしば問題となるが、何も緩和ケア領域だけで起こるわけではない。特に介護が必要となった高齢者は、スピリチュアルペインの塊だともいわれている。ドクター・ミネも高齢者の一員となり、当然コロナワクチンも「高齢者枠」で接種を受けた。ただ、同じ終末期医療でも、老年期前の癌患者と、高齢者の場合とでは、特にスピリチュアルペインが少々異なるように思える。

 現役の内科医であった時代、ある高齢者から聞いた言葉である。

「先生は若いから、新聞は一面から読むでしょう。でも私たちの世代になると、新聞はまず「お悔やみ欄」から読みます。知っている名前がないと、ホッとします」

どうやら高齢になる程、死が身近な出来事に感じられるようである。また、当時七十代後半であった、戦争体験者の患者の話である。

「私は昔、零戦に乗っていました。出撃していくと、必ず何機か撃墜されました。自分一人が生還したこともありました。戦艦大和の最後の出撃も、飛行機の中から見送りました。この次の出撃では、死ぬのは俺だと思って、いつも出撃していました。でも、死ぬのが怖いと思ったことは、一度もありませんでした。それがこの年になって、先生の外来に通うようになって、正直、死ぬのが怖いのです」

また、当時八十代であった女性は、ちょっと咳が出ると、肺癌になったのではないか、ちょっと頭痛がすると、脳腫瘍になったのではないかと、しょっちゅう外来受診していた。検査をしても異常はない。いわゆる「癌ノイローゼ」である。ある時、その老婦人はこんなことをいった。

「娘時代、東京大空襲を経験しました。まさに火焔(かえん)地獄でした。隅田川には、大勢の焼死体がありました。若いお母さんが、せめて子供だけは助けようと、隅田川の中で、必死で子供を持ち上げて、その状態で子供共々焼け死んでいました。自分がどうして生き残ったのかわかりません。でもあの頃は、死ぬのが全く怖くなかった。80を過ぎて、この年になって、十分生きたはずなのに、死ぬのが恐ろしいのです」

どうやら、高齢になると、死に対する恐怖感は増すようである。

 サクセスフルエージングだの、アンチエージングなどという、老化に対抗するための宣伝が巷に溢れている。確かに老化に対する研究が進んでいることも事実である。一方で、老年的超越、つまり老いに逆らわず、ありのままを受け入れ、自然に任せるという方法、つまり仏教でいう「自然法爾」という老いの受け止め方もある。

2022年6月11日 (土)

ドクターミネの「老・病・死」を見つめる法話 第十四回

 この原稿を令和4年1月に書いている。新型コロナウィルス・オミクロン株の大流行で、1都18県にまん延防止等重点措置が発令され、8道府県も追加発令が検討されている。三回目のワクチン接種の前倒し、そして医療崩壊や保健所崩壊を防ぐための方策も検討されている。しかし国民は、恐怖感があるにせよ、以前ほど慌てなくなったように思える。「慣れ」により鈍感になるのは心配だが、手探りであるにせよ、「コロナと共に」生活するという生活スタイルが今後、より一層加速、定着していくことであろう。

 さて、今回の話は、師匠のH教授(愛称おっさん)から聞いた、患者のエピソーである。ある高齢の大先生が入院されたが、病気は良くなったのに、一向に元気が出ないという状況が続いていた。そこで、当時話題を集めていた「音楽療法」を試みることになった。この大先生はクラシック音楽に大変造詣の深い方だったので、代表的なクラシック音楽を聴かせたのだが、一向に改善しない。ある時たまたま「演歌」を聴かせてみたら、段々と元気が出てきたというのである。一方、あるご老僧の、本葬のお手伝いに行った時のことである。何故かモーツアルトのレクイエムが流されていた。その理由を喪主の僧侶に尋ねたところ、ご老僧はモーツアルトが大好きだったから、との事であった。失礼ながら、生前中のイメージとは、大分かけ離れていたので、大変驚いた。

 音楽というのは、その曲を聴くと、過去の「あの時に、あの場所で、あの人と」が蘇るという不思議な魔力を持っているように思う。ドクターミネは、アダモの「雪が降る」を聴くと、浪人時代、同級生の下宿で、一緒に、最後の追い込み勉強をしていた頃を思い出す。また山口百恵さんの「いい日旅立ち」を聴くと、妻と初めて出会った時のことを思い出す。たまたま二人が乗ったタクシーでかかっていた曲である。

 また歌の場合、その歌詞が心に響くこともある。ドクターミネは高校生時代に聴いたグレープの「精霊流し」の歌詞に

「あなたの愛した母さんの 今夜の着物は浅葱色」

とある。浅葱色が、かつて武士の喪服の色であったことを、あの時学び、この歌の持つ意味を知った。杉田二郎さんの「ANAK息子」の歌詞は、思春期の子供を持つ親となった時に、深く心に響いた。また三波春夫さんのデビュー曲「チャンチキおけさ」の三番の歌詞には

「故郷を出る時 持って来た 大きな夢を盃に そっと浮かべて もらすため息 チャンチキおけさ」

とある。ドクターミネはかつて、「俺は一流研究者となって一旗揚げるんだ」という、途方もない夢を追いかけて、女房子供を抱えて、故郷を離れた。師匠(おっさん)の、「みねちゃんは、研究には向いていないと思うよ」という言葉を振り切るように、飛び出していった。結果「チャンチキおけさ」の三番の歌詞通りになった。師匠のおっしゃる通りであった。今でもこの歌を口ずさむと、もがき苦しんだ、あの頃のことを思い出すが、しかし今では、何故か懐かしくも思える。

 地元の葬儀屋さんで執り行われる通夜、葬儀では、バックグラウンドミュージックとして、エレクトーンの演奏がある。一般的には、お浄土へ送り出す、という思いが伝わるような選曲がなされているようだが、時に、あまり、場にそぐわないように感じられる、意外な曲を演奏されることもある。それは大概、故人が生前中好きだった曲である。ドクターミネは気が滅入ると、自分を奮い立たせるために、一人車の中で、大声で演歌を歌っている。確かに好きな曲ではあるが、葬儀のバックグラウンドミュージックとしては…。

 

« 2021年12月 | トップページ | 2023年1月 »