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2022年6月11日 (土)

ドクターミネの「老・病・死」を見つめる法話 第十四回

 この原稿を令和4年1月に書いている。新型コロナウィルス・オミクロン株の大流行で、1都18県にまん延防止等重点措置が発令され、8道府県も追加発令が検討されている。三回目のワクチン接種の前倒し、そして医療崩壊や保健所崩壊を防ぐための方策も検討されている。しかし国民は、恐怖感があるにせよ、以前ほど慌てなくなったように思える。「慣れ」により鈍感になるのは心配だが、手探りであるにせよ、「コロナと共に」生活するという生活スタイルが今後、より一層加速、定着していくことであろう。

 さて、今回の話は、師匠のH教授(愛称おっさん)から聞いた、患者のエピソーである。ある高齢の大先生が入院されたが、病気は良くなったのに、一向に元気が出ないという状況が続いていた。そこで、当時話題を集めていた「音楽療法」を試みることになった。この大先生はクラシック音楽に大変造詣の深い方だったので、代表的なクラシック音楽を聴かせたのだが、一向に改善しない。ある時たまたま「演歌」を聴かせてみたら、段々と元気が出てきたというのである。一方、あるご老僧の、本葬のお手伝いに行った時のことである。何故かモーツアルトのレクイエムが流されていた。その理由を喪主の僧侶に尋ねたところ、ご老僧はモーツアルトが大好きだったから、との事であった。失礼ながら、生前中のイメージとは、大分かけ離れていたので、大変驚いた。

 音楽というのは、その曲を聴くと、過去の「あの時に、あの場所で、あの人と」が蘇るという不思議な魔力を持っているように思う。ドクターミネは、アダモの「雪が降る」を聴くと、浪人時代、同級生の下宿で、一緒に、最後の追い込み勉強をしていた頃を思い出す。また山口百恵さんの「いい日旅立ち」を聴くと、妻と初めて出会った時のことを思い出す。たまたま二人が乗ったタクシーでかかっていた曲である。

 また歌の場合、その歌詞が心に響くこともある。ドクターミネは高校生時代に聴いたグレープの「精霊流し」の歌詞に

「あなたの愛した母さんの 今夜の着物は浅葱色」

とある。浅葱色が、かつて武士の喪服の色であったことを、あの時学び、この歌の持つ意味を知った。杉田二郎さんの「ANAK息子」の歌詞は、思春期の子供を持つ親となった時に、深く心に響いた。また三波春夫さんのデビュー曲「チャンチキおけさ」の三番の歌詞には

「故郷を出る時 持って来た 大きな夢を盃に そっと浮かべて もらすため息 チャンチキおけさ」

とある。ドクターミネはかつて、「俺は一流研究者となって一旗揚げるんだ」という、途方もない夢を追いかけて、女房子供を抱えて、故郷を離れた。師匠(おっさん)の、「みねちゃんは、研究には向いていないと思うよ」という言葉を振り切るように、飛び出していった。結果「チャンチキおけさ」の三番の歌詞通りになった。師匠のおっしゃる通りであった。今でもこの歌を口ずさむと、もがき苦しんだ、あの頃のことを思い出すが、しかし今では、何故か懐かしくも思える。

 地元の葬儀屋さんで執り行われる通夜、葬儀では、バックグラウンドミュージックとして、エレクトーンの演奏がある。一般的には、お浄土へ送り出す、という思いが伝わるような選曲がなされているようだが、時に、あまり、場にそぐわないように感じられる、意外な曲を演奏されることもある。それは大概、故人が生前中好きだった曲である。ドクターミネは気が滅入ると、自分を奮い立たせるために、一人車の中で、大声で演歌を歌っている。確かに好きな曲ではあるが、葬儀のバックグラウンドミュージックとしては…。

 

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