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仏教法話

2017年1月 6日 (金)

末梢性顔面神経麻痺について

 顔面神経は、そもそも十二ある脳神経のうち、第七番目の神経です。顔面の動きをつかさどる神経で、まぶたの開閉もします。脳橋(のうきょう)より顔面神経は出ますので、脳橋より上位の脳で脳梗塞や脳出血が起こると、顔面神経障害が起こります。これによる麻痺(まひ)を、中枢性(ちゅうすうせい)顔面神経麻痺といいます。
一方、顔面神経そのものが、なんらかの原因で傷害されて起こる麻痺を末梢性(まっしょうせい)顔面神経麻痺といい、突然発症する原因不明の一側性末梢性顔面神経麻痺のことをベル麻痺といいます。その他に末梢性顔面神経麻痺をおこす病気としては、水痘(すいとう)・帯状疱疹(たいじょうほうしん)ヘルベスウイルスによって引き起こされるラムゼイ・ハント症候群、腫瘍、多発神経炎、サルコイドーシス、多発性硬化症、ライム病、外傷などがあります。
 中枢性であれば、片麻痺などの他の随伴症状(ずいはんしょうじょう)があるのが普通ですし、顔面神経麻痺以外の麻痺が後遺症として残る可能性が高くなります。前回の号でもお話ししましたように、当時の時宗二祖真教上人は高齢で、しかも片麻痺の後遺症があったとすると、あちこち遊行するのは、不可能だと思われます。
また末梢性の中でも、中風と言い伝えられたことを考慮すれば、突然発症したことでしょう。腫瘍やサルコイドーシスなどは発症が比較的ゆっくりであり、また顔面神経麻痺以外の随伴症状を伴います。またラムゼイ・ハント症候群は、確かに片麻痺はありませんし、強い顔面神経麻痺をきたしますが、耳介や外耳道に帯状疱疹できるので、強烈な痛みを伴います。
また時に難聴や味覚障害もおこします。以上より、時宗二祖真教上人がわずらったのは、おそらくベル麻痺かラムゼイ・ハント症候群であったと思われます。そして顔面神経麻痺の後遺症による顔面のゆがみが後世に伝えられた、と考察します。
 ベル麻痺について説明します。原因は不明ですが、近年単純ヘルペスウイルスの再活性化が原因ではないかと言われています。突然発症するのが特徴ですが、耳介後部痛が先行することがあります。そして顔面神経の完全麻痺がおこり、四八—七二時間でピークに達します。
麻痺側の鼻唇溝(びしんこう)(いわゆるほうれい線)だけが消失し、口角が下がり、額のしわも消失します。ですから片側だけが無表情になります。なお、顔面神経麻痺のうち、中枢性なのか末梢性なのかを鑑別するポイントは、額にしわがよせられるか否かです。
中枢性では、額にしわをよせることができますが、末梢性ではしわをよせることができません。また、口笛がうまく吹けなくなり、特に唇音である「パピプペポ」がうまく発音できなくなります。また急性期や重症例では、麻痺側の目を閉じることができなくなり、角膜が乾燥して、傷つけることもあります。
 ベル麻痺を診断する上で特徴的な検査はありません。顔面神経麻痺の患者さんにCTやMRIを施行するのは、ベル麻痺を診断するためにはなく、中枢性顔面神経麻痺をきたすような脳梗塞や脳出血、末梢性顔面神経麻痺をきたす脳腫瘍などの鑑別診断のために施行します。
 治療はベル麻痺もラムゼイ・ハント症候群も、ヘルペスウイルスに対する抗ウイルス薬が有効です。また眼球結膜を保護するために、眼帯と人口涙液を使用します。予後ですが、ベル麻痺による顔面神経麻痺は多くの場合数ヶ月以内に完全回復しますが、後遺症が残る人もいます。ラムゼイ・ハント症候群の場合は、ベル麻痺より予後不良です。

時宗二祖 他阿真教上人のご病気について(1)

Photo_2 平成三一年(二〇一九)には、時宗二祖他阿真教(たあしんきょう)上人七百年御遠忌があります。この真教上人こそが、現在の時宗教団をつくられた方です。

正応二年(一二八九)八月二三日に宗祖一遍上人がお亡くなりになります。このとき厄介な問題が起こりました。カリスマ性をもった教祖の死が、教団の終末を意味する場合、残された信者や高弟達は、その存在価値を失い、教祖の後を追うようにして、集団自殺の危険性が高まることが知られています(これを群発自殺(ぐんぱつじさつ)といいます)。

この時点の時衆(時宗教団に従う出家者と結縁者)もまさにこの危機に陥りました。捨て聖を全うした一遍上人は、教団存続を積極的に望まれなかったために、後継者の指名を行わず、静かに息を引き取りましたので、行き場所を失った大勢の時衆だけが残されました。

実際にその後、目の前の海に身投げをして自殺する時衆が七人いました。真教上人は、彼の周囲に集まった、行き場を失った大勢の時衆を引き連れて、死に場所を求めて彷徨の旅を余儀なくされました。

しかし丹生山(たんじょうさん)で粟河(あわ)の領主に出会い、御賦算(ごふざん)したことを契機に、集団自殺を思いとどまり、真教上人を時宗二祖として、再び遊行が再開されました。後に真教上人は、彼に付き従う時衆が再び路頭に迷うことがないように、しっかりとした教団形成を行いました。

その真教上人は晩年「中風(ちゅうふう)」をわずらった、という言い伝えがあります。中風とは、脳出血や脳梗塞により、運動障害や言語障害のある状態を示す、古い言葉です。この絵をご覧になってください。
一遍、真教両上人の伝記である『一遍上人縁起絵(いっぺんしょうにんえんぎえ)』巻八にある真教上人のお顔です。右側の顔面がゆがんで見えます。現在残されている真教上人の絵や仏像には同様に、右側半分の顔面がゆがみ、右目をすがめた特徴的なお顔となっているものが、いくつかあります。しかし正式な伝記類には、中風を想像させるような記載は残されていません。
ドクター ミネは、この伝承が医学的に見て間違っていると考えています。右顔面がゆがんでいますので、もし中風であったとしたら、左側の脳に梗塞なり出血が起こったことになります。そうなると右側の上下肢と言語機能が傷害されます。真教上人は六十八歳の時に遊行を智得上人に譲って、無量光寺に隠居されますが、隠居後も弟子達の要望に応えてあちこちに出向いておられましたし、八十三歳でお亡くなりになるまで、手紙も書いておられました。
右手、右足が不自由な高齢者が、そもそも徒歩による旅をしますか?まめに手紙を書いたり、和歌を書き残すことが可能でしょうか?現代医療においても、脳出血、脳梗塞は後遺症が問題となります。治療法もなく、リハビリの概念すらなかった鎌倉時代に、ひとたび中風がおこったら、顔面以外の麻痺(まひ)が完全回復するなど、常識では考えられません。
おそらく中風ではなく、突然発症した、末梢性顔面神経麻痺ではないかと考えています。この病気は現在でも、脳卒中との鑑別が必要なる疾患ですので、当時の人が中風と思ったのは無理がないと思います。
 では次回は、時宗僧侶でもあるドクター ミネこと、峯崎賢亮が謹んで、他阿真教上人が晩年わずらったと思われる、末梢性顔面神経麻痺(まっしょうせいがんめんしんけいまひ)についてお話しいたしします。

2014年7月25日 (金)

終末期医療と宗教について⑩

 どんな晩年になろうともそれを受け入れて、田代三喜様がされたように、恥ずかしい、情けないと思うような状況に陥っても、それが老いる、病気になって死んでいくという現実ですから、ありのままの姿を次の世代にみせて死んでいくことこそが、人間として生きてきた最後の役割のように思います。
この問題に関して、昭和の名僧、内山興正(うちやま こうしょう)老師は、実におもしろいことをいっています。
  人生の最後には世捨て人じゃなくて、世捨てられ人のような状態
  になるでしょう。その世捨てられ人のような状態をぐずらずに受け
  て立ち、それを勤め上げることに情熱をもやす。
  その生き方を、「一行に遇うて一行を修す」というのです。
昭和を代表する禅僧でも、老境に入れば、「世捨てられ人のような状態」になられたのかもしれません。しかしそれをぐずらずに受けて立ち、それを勤め上げることに情熱をもやすというのは、いかにも老師らしい言葉です。

2014年7月24日 (木)

終末期医療と宗教について⑨

 医者から突然末期癌を宣告された場合、まずは「否認」がおこります。
嘘だ、何かの間違いだと思い込もうとします。末期癌といえども、はじめはそれなりの体力が残っていますからね。否定してくれる医者を求めて、あちこちの医者を渡り歩く人もいます。しかし、だんだん自覚的にもしんどさが増すようになると、自分が末期癌であることを受け入れざるを得なくなります。
また、手術、抗がん剤、放射線でガンと闘ってきた方も、抗がん剤や放射線が効かなくなる時が来れば、自分が末期癌であることを受け入れざるを得なくなる時期が訪れます。すると自らの不幸を嘆くようになります。
どうして自分だけこんな不幸に会わなければならないのか。俺はそれほど悪いことをしてきた訳でもないのに、世の中には俺よりもっと悪いことをしてきた奴が一杯いるのに、そいつらには罰が当たらずに、どうして俺にだけこんな不幸が来るのか。そういう思いにとらわれて、家族の者や医療スタッフに八つ当たりすることもあります。
 また自分の人生を振り返り、自分の人生がまったく無意味であったように感じたり、過去の出来事に対する罪悪感にとらわれ、特定の人物にどうしても謝罪しなければならないという思いも起こります。これがスピリチュアルペインとよばれるものです。
スピリチュアルペインに関しては、健康法話に詳しくまとめましたので、興味のある方は、ご参照ください。
 私達は、死ぬという体験ができません。自らに死が訪れた時には、体験自体が終わってしまうからです。私達に可能な死の体験は、いつも「死なれる」という体験だけなのです。死なれるという体験を通して、自らに死が訪れることを考えさせられるのです。
しかも死に方を選ぶこともできません。生まれてくる時や場所を選べないように、いつ、どこで、どんな状態になって死ぬのかということも選ぶことができないのです。末期癌で死ぬかもしれないし、卒中で寝たきりになって死ぬかもしれない。案外ポックリ死ぬかもしれない。
 私はこう思うのです。これをご覧になっている方々は皆、今までずっと一所懸命に生き、そして自分の責任を果たしてこられたはずです。そして一所懸命に生きた先に、終末期がやってきます。ですから、どのような状態になろうとも、その死に様というのでしょうかね。死んでいく姿を次の世代に見せるというのが、最後の最後に残された役目のように思うのです。
脳卒中や認知症でぐずぐずになって、家族に迷惑を掛けるかもしれない。癌による闘病生活で、家族に苦労をかけるかもしれない。でもそれが、決して避けることのできない、死ぬという現実なのです。きれい事では済まない現実なのです。後に残る人達は、介護することで、自分の時間を犠牲にし、時に悩み、時に苛立ち、時に八つ当たりするかもしれない。
しかし、そういったすべての体験を通して、次の世代は、自分にもいつか、死が訪れることを学ぶのです。私達はぎりぎり最後の仕事として、田代三喜様ほどのことはできないにしても、後に残る大切な家族や、多くの次の世代の方々に、人はこうやって死んでいくものだという現実を見せることで、死を学ばせるという役目があるように思います。
きれい事では済まない現実。アンケートでは81%の人が延命治療を望まないと答えていますが、答えている人のほとんどは人ごとです。実際に自分の親がそういう状況になって、その選択を迫られたら、大変悩みながら決断することになります。テレビやドラマではない、ぎりぎりの現実の体験です。しかしその体験を通して次の世代は、自分の死について考えるのです。

2014年7月23日 (水)

終末期医療と宗教について⑧

 他人事としては、胃瘻で生かされている人をみると、自分はこんな状態になってまで生きていたくない、という思いが生じます。
だから、七割以上の人が胃瘻を望まないと回答しています。しかし一方、胃瘻を作らなければ、月単位、年単位の寿命を縮めることを意味します。寝たきり状態になった本人は、意思表示できませんから、胃瘻を作るか否か、家族がその決断を迫られます。もし仮に本人が元気なときに、終末期になったら胃瘻も人工呼吸器もいらない、といっていたとしても、胃瘻を作らなければ、結果として月単位、年単位の命を縮める可能性があると知ったらどうでしょうか。
一方、胃瘻をつくっても脳卒中による麻痺はよくならないし、認知症もよくなりません。つまり寝たきり状態はまったくかわりません。寝たきりの状態で寿命だけが延びるということです。「延命措置としての胃瘻や人工呼吸器装着を拒否する」という本人からの、遺言書のような法的効力のある文書でもないかぎり、胃瘻拒否という決断を、家族本人に変わって行うのは、相当悩むことになります。
本人が元気なときに、延命処置はいやだといっていたという理由で、家族が胃瘻をつくらないという方針を固めたとしても、普段病院に見舞いに来ないような親族がたまたまやってきて、無責任な正義感を振り回して「お前達は○○を見殺しにするのか」といわれると、決断が鈍ります。
こういう無責任な正義感を振り回す輩にかぎって大変な介護を手伝うわけでもなく、口だけ出すのです。世の中には、自分が実際に手を汚す必要がなければ、大声で、無責任な正義感をふりかざす輩がいるのも現実です。
平成25年お亡くなりになったアンパンマンの作者、やなせたかしさんの言葉を思い出します。
「正義とは何か。傷つくことなしには正義は行えない」

2014年7月22日 (火)

終末期医療と宗教について⑦

 胃瘻の場合は、人工呼吸器以上に悩ましい問題があります。本来、ものを飲み込むという行為は、胎児の時代から無意識のうちにやっている行為なので、簡単に考えがちです。
しかし脳神経学的には、実に多くの神経とそれに関与した筋肉によって行われています。口は、食べ物の道と呼吸の道と共通です。咽で、呼吸の道は気道、食べ物の道は食道に分かれます。一日の多くは呼吸のために、気道が使われています。
しかしものを飲み込む場合は、食べ物や飲み物が気道に入らないように、まずふたをします。同時に呼吸も止めます。その状態で、周囲の筋肉を使って、食べ物を勢いよく食道に送り出します。その後は食道が、自律神経の働きで、食物を胃へと送ります。食べ物がすべて食道にいったことが確認できたら、気道のふたを開けて、呼吸を再開します。
これを三度の食事、おやつを食べているとき、お茶やコーヒーを飲んでいるとき、そして一日約2L出ると言われる唾液も飲み込んでいます。それがもし、脳血管障害などのために、このシステムのいずれかに不具合が生じると、食べたものや飲み物が食道に送れないばかりか、気道に入る事もあります。
食べ物や飲み物が肺に入ると、猛烈な拒否反応がおこります。これが嚥下性(えんげせい)肺炎です。現在死因第3位が肺炎ですが、これは嚥下性肺炎も含まれるからです。
 ですから、脳に障害が起こると、まずは絶食にして様子を見ます。その後、造影剤を飲み込ませてみて、肺に入らないかどうか確認します。もし少しでも肺に入るようであれば、嚥下性肺炎で死ぬことになるので、医者は胃瘻を勧めるのです。元々胃腸に問題はないので、胃瘻ができれば食べ物ばかりではなく、内服薬も今まで通り服用できますし、脱水にならないように水分補給も可能です。
嘔吐による誤嚥(ごえん)、唾液の誤嚥だけは防げませんが、胃瘻を作ると、その後年単位で寿命が維持されることも稀ではありません。つまり、寝たきりの状態で生き続けるのです。

2014年7月21日 (月)

終末期医療と宗教について⑥

 ただ、衰弱して意識もない状態で、胃瘻や人工呼吸器に繋がれて、かろうじて生命を維持している姿をみると、これが人間の尊厳を維持した姿と言えるのだろうか、という思いにとらわれます。
最近では、特に末期癌の場合、前もって胃瘻や人工呼吸器を望むか否か、本人や家族と相談します。末期癌の場合、すべての臓器が衰弱していますので、胃瘻をつくって無理矢理栄養を押し込もうとしても、吐いたりして、かえって患者を苦しめることになります。呼吸に関しても同じ事が言えます。
ですから末期癌の多くの場合は、人工呼吸器も胃瘻も行いません。アンケートによれば水分補給のための点滴だけは61%の人が希望すると答えていますが、現場では、この点滴もできる限り行いません。末期癌の終末期、痰が増えます。痰がつまれば苦しいし、かといって自分で痰を出す力もなくなりますので、やむなくチューブで強制的に吸引します。
しかしこれが患者にとっては相当苦しい思いをさせます。終末期における水分補給は、この痰を増やして患者を苦しめる結果となりますので、穏やかにできるだけ眠ったような最後を迎えていただくためには、余計な点滴をしないことが重要なのです。
 悩ましい問題が多いのは、認知症や脳卒中の終末期の場合です。まずは人工呼吸器に関して申します。現代では、寝たきりの終末期患者さんが、徐々に呼吸が弱くなれば、人工呼吸器をつけても余命延長はそれほど期待できないので、ご家族と相談して、人工呼吸器を装着しないという選択が多く行われています。
しかし脳卒中の急性期で呼吸が停止すれば、現在では救急救命士が気管内挿管を認められていますので、救急センターにて人工呼吸器に装着されると思います。その後自発呼吸がでてくれば、人工呼吸器を外すことができますが、自発呼吸が出てこないと、ずっと人工呼吸器で生かされるという状態になります。

2014年7月20日 (日)

終末期医療と宗教について⑤

 平成25年10月12日の読売新聞にアンケート調査の結果が掲載されました。それによると、終末期において、延命治療を望まないと回答した人が81%にも上りました。
また同年6月28日の読売新聞には、胃瘻(いろう)に関する意識調査が掲載されていて、7割以上の人が終末期における胃瘻を望まないとのことでした。人工呼吸器装着に関しても同様の回答が得られました。胃瘻というのはどういう物かと申しますと、お腹に穴を開けて、胃に直接バルーンチューブをいれて、これを留置し、このチューブから栄養や水、薬などをいれるというものです。
 私達は一日およそ2200—2400キロカロリーを摂取しています。生命維持の為には、年齢や体格にもよりますが、1400キロカロリー程度は必要になります。これを皆さんがよくご存じの「点滴」で補うことができるかというと、全く不可能です。一日中点滴をしても、せいぜい300キロカロリー程度です。1000キロカロリー以上不足してしまいます。
だから、手術などのために、一時的に食事をとることができない患者では、中心静脈栄養といいますが、カテーテルを頸や鎖骨下から心臓まで挿入して、心臓に高濃度の栄養をいれるという方法をとります。この方法の最大の問題点は感染です。高濃度の栄養をいれるカテーテルですから、どんなに消毒して留置しても、永く留置すれば、そのカテーテルに沿って細菌が入り込んで、敗血症をおこします。
ですから、留置できるのがせいぜい1ヶ月限度ですので、いわゆる終末期の医療には向きません。一方胃瘻は、たしかにチューブがお腹の外に出ていますが、もともと消化管は菌と仲良く暮らしている臓器ですし、特に胃は、常に塩酸が胃液として分泌されているため、特殊な菌以外は胃液により死滅してしまいます。普段から食べ物を介して細菌も入ってくる場所なので、胃瘻を通じて細菌が混入しても、ほとんど問題が起こりません。しかも胃瘻が不要になれば、そのまま抜けば、勝手に閉じてしまいます。

2014年7月19日 (土)

終末期医療と宗教について④

 通常の医療と、終末期医療との決定的な差は、ゴールの違いです。通常の医療は「治癒」「軽快」がゴールです。そのゴールに向かって治療します。しかし終末期医療の場合、ゴールは「死」です。「治癒」「軽快」はすでに望むことができないからこその終末期医療なのです。ですから、よりよい「死」を迎えていただくために、家族とスタッフが一丸となってお世話することになります。
 一方同じ終末期医療でも、末期癌の終末期と、卒中や認知症で寝たきりとなった終末期では、何が一番異なるかというと、ゴールが予想できるかできないかという点です。末期癌であれば、余命3ヶ月とか、半年とか、ゴールがある程度予想できるのです。しかも末期癌といっても、本当に介護が必要となるのは最後の一、二ヶ月です。ですから自分の家で死にたいという患者の希望を叶えようと家族が決断した場合、訪問看護師や在宅ガン専門医に協力してもらい、1、2ヶ月間全力投球すればいいことになります。
緩和ケア病棟に入院するにしても、入院期間は通常1ヶ月程度です。現在では、申請すれば介護休暇が得られます。その期間中は給与がある程度カットされますが、確か最大で93日、つまり3ヶ月休むことが可能ですから、この制度を充分に活用できます。
 しかし、脳卒中や認知症で寝たきりの終末期患者の場合、この予想がたちません。合併症により3ヶ月で死亡するかもしれないし、10年寝たきりという方もいます。いつまでがんばればいいのか予想ができないまま、がんばり続けることを要求されます。短期決戦になるのか、長期戦になるのか、先が見えぬまま介護し、あっという間に93日の介護休暇期間を使い果たしてしまい、結局は家族が退職せざるを得なくなる。決してきれい事では済まない現実です。

2014年7月18日 (金)

終末期医療と宗教について③

 以前何かの本に書いてあった話ですが、世の中にはおもしろいことを考える僧侶がいるもので、ポックリ観音なるものを建立して、参拝客を集めている寺院があります。
その中でも有名なお寺が奈良の方にあるらしく、ある旅行社が、ポックリ死にたいという高齢者を集めて、ポックリ観音参拝ツアーを企画したそうです。そうしたらびっくりする程の客が集まったそうです。無事に参拝して、帰路についている途中で、参拝客の一人がバスの中で突然気分が悪いと言い出して、そのうち意識がなくなってしまった。
旅行社はあわてて病院に搬送しましたが、結局帰らぬ人になりました。それで大騒ぎになったそうです。しかし、ほとんど苦しまずにあっという間に死んだのですから、これこそポックリ往生です。この観音様はまさに「霊験あらたか」ということになる。ところがこのツアーは、翌年から誰も応募しなくなったそうです。私はこの話を知って、大田南畝(おおた なんぽ)の狂歌を思い出しました。
「いままでは 人の事だと思ふたに 俺が死ぬとはこいつはたまらん」
今までは人ごとのように、どうせ死ぬならポックリ死にたいと思っていたからこのツアーにも楽しく参加したわけです。ところが実際に目の前でポックリ死んだ人をみたら、大田南畝がいうように、俺が死ぬとはこいつはたまらん、という気持ちになったわけです。
 実際に、母親にポックリ往生された友人の話です。その方は、夫婦、子供と母親の4人暮らしをしていました。あるとき、家族で旅行に行く話になり、お母様は「私が留守番しているから三人で行っておいで」といって笑顔で送り出してくれたそうです。午前10時に出発して、翌日の同じ10時に帰宅したら、そのお母様がこたつで倒れており、すでに死亡していました。
ほとんど苦しんだ様子もなかったそうです。いわゆるポックリ往生です。でも、実際に母親にポックリ亡くなられた友人は、後で相当悩むことになりました。何が原因でお袋は死んだのか、死ぬような病気があったのに、どうして俺は気づいてやることができなかったのか等々、ずっと後まで悩み続けました。彼があるとき、こう言いました。
「お袋が死んで、もうだいぶたつのに、お袋の亡くなる前日の顔と、こたつで死んでいた姿は今でも時々思い出すんだ。卒中で10年間寝たきりで死んだ親父の姿は、まったく思い出さないのに。」
 現役の内科医であった時、よく高齢の患者から、家族の者に迷惑がかかるから、できれば苦しまずにポックリ死にたい、と言われました。しかし、実際にポックリ死なれると、家族は後々まで引きずるものなのです。確かに病気になって入退院を繰り返して死んでいくことになれば、家族には大いに負担になる。でもそうやって、徐々に弱りながら、そして遂に最期の時を迎えるという死に方の方が、後に残る家族は「死を受け入れやすい」ものなのです。